電気自動車

■20220127(木曜日:晴れ)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。多くの登山客で賑わっていました。

■今朝は走りました。昨日は夢見が悪く、起き出すことができませんでしたけれども、今朝は特に悪夢にうなされることもなく、すんなりと起きだすことができました。

今までは、昼休みに30分ほど昼寝をしていたのですが、先週からそれを止めました。その方が、夜ぐっすり眠れるからです。昨夜も午前2時過ぎに、一度目が覚めトイレに行きましたが、全体的には熟睡感もあり、良い眠りを得ることができました。

昨日は昼間から少し寒気を感じていたのですが、夕食後に葛根湯を一服のみ、さらに寝る前に、もう一服を飲んで休みました。そのおかげか、寒気もすっかり取れ、体調も良くなりました。

今朝は月曜日以来3日ぶりに、41分49秒、6.53kmを走り、これで今月は10回のランで63.56kmを積み重ねました。目標の30日88キロまでは、残り4日で24.44kmを残しています。

あと走ることができるのは、実質2回しかありませんので、目標達成は困難ですが、何とか少しでも、目標に近づけるように積み重ねをしていくつもりです。

■今朝のNHKニュースでは、電気自動車(EV)の話題を取り上げていました。EV購入者の悪戦苦闘ぶりです。その方は、たまたま立ち寄った販売店で、EVにすっかり魅せられ、購入を決意したのですが、住んでいるマンションには充電設備が無かったのです。

テレビで見たところ、購入されたEVはテスラ社製のものでしたが、テスラ社はスーパーチャージャーと呼ばれる独自の充電設備を、日本各地に急ピッチで増設しています。

日本で増設が進んでいる国主導の充電設備は、世界的に見れば、とても貧弱な性能しかなく、テスラが独自に設置を進めている充電設備には及びもつきません。

EV購入者の方は、住んでいるマンションの管理組合と相談し、EV使用者は自分たった1人でしたが、国からの補助も半額利用し、管理組合からは50万円の出費で、なんとか充電設備をマンションに取り付けることができたようです。

ただし、取り付けることのできた充電設備に、どの程度の能力があるのか、つまり短い時間で充電が終わるだけの能力があるのかどうかは分かりませんでした。

昨日見たYouTubeのある番組では、テスラ車に乗った利用者が、埼玉県の川口から北海道の宗谷岬まで、途中充電しながら、どのぐらいの時間でたどり着けるかという実験結果を報告していました。

全て高速道路を走り、途中テスラ社が開設している、独自の充電設備をなるべく利用しながら、少ない充電回数で、1,300キロ以上ある距離を、どのぐらいの時間で走ることができるかを報告したものでした。

結果として、川口から青森港まで、2回の充電で間に合ったようです。そして、青森港からフェリーに乗って函館まで行き、函館のスーパーチャージャーで充電し、次は樽前サービスエリアで、そしてもう一度札幌近郊で充電してから留萌に出て、オロロン街道を北上し、宗谷岬に到着したという記録でした。

外はマイナス10度まで下がるような厳しい条件の下で走りましたので、バッテリーは充電するのに余計に時間がかかるようです。テスラ社ではスーパーチャージャーのある場所に、これから行くとカーナビに告げておけば、到着する前に、前もってバッテリーを自動的に温めてくれる能力があるようです。前もって温めておけば、充電時間が短縮されるのです。

とにもかくにも、日本における充電設備は、まさに先進国の中ではダントツに遅れていて、電気自動車ガラパゴス国家になっているのは間違いありません。

ハイブリッド先進国である日本は完全に、電気自動車という面では立ち遅れてしまいました。おそらく、この立ち遅れを取り戻すことは極めて難しいでしょう。

日本の会社、あるいは社会全体のスピード感が、まるで乏しいからです。会議ばかりを重ねては、結論を先延ばしにしている、日本の会社の様子が目に見えるようです。

観察研究

■202201268(水曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。

■今朝は走るつもりで、目覚まし時計を合わしてあったのですが、夢見がとても悪くて起き出せませんでした。

詳しい内容はよく覚えていないのですが、仲間でどこかへ出かけたのですが、検査の結果、自分の心臓の血管に閉塞が見つかって、どこへも出かけられなくなった、という内容でした。つまり、運動ができなくなったということです。

なんだか意味のよくわからない夢なのですが、目覚めが悪く、とても起き出して走る気がしませんでした。こんな夢を見る原因が何なのか、私には分からないのですが、まあ少し休みなさい、というお告げなのかもしれないので、今朝は出かけるのをやめました。

ビニールゴミの日でしたので、所定の場所まで運び、新聞をとって戻りました。

今朝は走りませんでしたので、クルミパン一枚を三分の一ほどに切って、その上に納豆を乗せて食べました。納豆の中にはエゴマ油とおからパウダーを、いつものように入れています。青森県産の大きなリンゴを、Sunと二人で半分ずつ。そして私は、豆乳ヨーグルトにジャムを少し入れ食べました。

■さて、先日の東京新聞「こちら特報部」では、『コロナ薬「科学的根拠ないのに・・・」アビガン 自民にも異論』と題して書かれています。冒頭に、こうあります。

安倍晋三元首相の「一推し」で、新型コロナ治療薬として未承認なのに患者への投与が続いていたアビガン。自民党内からも異論の声が上がり始めた。

厚生労働省も、アビガンを処方してきた医療機関に対し、今さらながら実態調査に乗り出した。何が起きているのか。

アビガンは2020年4月、初めての緊急事態宣言発表の場で、安倍元首相が太鼓判を押した薬です。備蓄量を当初の3倍の200万人分に拡大すると宣言しましたが、その後科学的な有効性を証明できないとして、治療薬としては承認されませんでした。

ところが「観察研究」という名目で、希望する患者に投与が続いたのです。実際に投与された患者数は、15,000人以上になったようです。効果がなかったばかりでなく、副反応も疑われています。

投与を受けた観察研究患者では、入院時に酸素投与の必要がない軽症患者の1ヶ月後の状態について、死亡が3.9パーセントの374名。全国のコロナ入院患者平均の0.4%に比べて10倍近い高さでした。催奇形性も指摘されています。

医師で弁護士の古川俊治参議院議員(自民)は取材に対して、こう言い切っています。「アビガンは効果が確認されておらず、副反応もある。そんな薬を、科学的な根拠もないのに使ってきたのは、大変な問題だと思います」。

江戸川大学の隅本邦彦教授(社会学)は最後に、こう警告しています。

コロナ治療薬としては未承認なのに国が買い上げ、観察研究に参加すれば医療機関が堂々と投与できる。この仕組みがまかり通るのなら、製薬企業は苦労して製造承認を取る必要がなくなる。

医薬品の承認制度を厚労省自らないがしろにし、薬事行政の根幹を揺るがす前代未聞の事態だ。

重大な問題の何もかにもが、安倍元首相の発言から始まったとは思いませんが、安倍首相が震源地となって様々な問題が起こったことは事実です。

私の友人の医師も、以前ある会合で、アビガンをしきりに推奨していました。知識のない私は、そんなものかと思っていましたが、どうやら問題の根は、とても深く危険なものであったようです。

やはり、しっかりと自分の頭で考えていかないと、とんでもないことに自分自身が、巻き込まれてしまうのです。

健康に関する問題だけに、周りの空気だけに流されてはいけません。大切なのは、賛否両論にしっかりと、目を通した上で自身で結論を出すことです。

原点

■20220125(火曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。多くの登山客で賑わっていました。

■今朝は、ゆっくりと休みました。昨日、走りましたので、今日は休養日です。と言っても、自分の睡眠サイクルから行くと、5時半に起きるのが一番体に合っているようです。

ということで、昨夜は目覚まし時計を5時半に合わせて休みました。22時から寝る準備を始め、布団に入ったのは22時10分ごろ。最近はYouTubeで、オー・ヘンリー短編集の朗読を聴きながら、眠るのが日課になっています。

スマートフォンは23時から4時の間は、電源が切れるように設定してありますので、安心して朗読を聴きながら眠りにつくことができます。

昨夜は午前1時に一度だけ目が覚めてトイレに行きました。その後は、ぐっすり眠れたようです。5時には目が覚め、目覚ましの鳴る5時半まで、うとうとと布団の中で夢を見ていました。

なんの夢だか、もう思い出せないのですが、悪夢でなかったことだけは確かです。温かな布団の中で、うとうとと時を過ごすのは、至福のひと時です。

そして、目覚ましが鳴って起き出し、今日は生ごみの日ですので、所定の位置に運んで新聞をとって、家に戻りました。まだまだ真っ暗ですので、電気をつけてから朝食の準備を始めました。

今朝は走りませんでしたので、いつものクルミパンも昨日二つに切ったうちの、小さい方を食べました。

昨年末以来、どういうわけか体重が、少しずつ減っています。自分としては、特に減量しているつもりはないのですが、太る様子がないのです。走る量も昨年11月からは減っていますので、それを考えれば、むしろ体重は増えても良いのですが、現実はむしろ逆です。

すんに言わせれば、食べる量が減っているからだ、と言うのですが、自分ではよく分かりません。確かに年齢のせいで胃の容量も減っているのでしょう。昔に比べたら食べる量はというか、胃の中に詰め込むことのできる量が、明らかに減りました。

体組系の数字とにらめっこをしながら、食事と運動のバランスを取っていくしかありません。

■さて、今朝の東京新聞6面には、「一首のものがたり」が掲載されています。あとがきでは、ーー2013から17年まで連載した「一首のものがたり」を再開します。短歌一首の背景にある、知られざる物語をひもといていきます、と書かれています。

そして今日の掲出首は、

中西進

電灯の 毀(こわ)れてあれば一と処 暗きを避けて生徒(こ)らは席とる

『原点』となった夜学での1年。都立雪谷高校定時制の森ヶ崎分校が間借りする教室に、夜ごと明かりが点り、とても小学生には見えない男女が通学していました。

開校から4年目の1953年(昭和28年)4月、23歳の国語教師が赴任しました。万葉学の第一人者で令和の考案者とされる中西進(92)の若き日の姿でした。

当時、戦後の貧しさから抜け出せない時代で、木造の校舎は海岸に近く、冬には強い潮風で凍えるほど冷え込みました。生徒達は木綿のねんねこを着込んだりして寒さをしのぎ、給食の脱脂ミルクを煮込むのに使った七輪の残り火で暖を取っていました。

分校専用の部屋は職員室だけで、教室の白熱灯が切れていてもなかなか交換されず、生徒は部屋の所々にある暗がりを避け、明るみに身を寄せて教科書を開いていました。そんな生徒たちの姿を歌にしたのが掲出の歌であり、まさに夜の教室から生まれた一首です。

最後に中西先生は、こう語られています。

何が教師としての立ち位置か。人間がどれぐらい弱者であることに気づくか、それが私の原点だと思う。弱さに気が付けば謙虚になり、謙虚さがやさしさになる。これこそが原点だと思うんです。

どんな人にも、人生の原点となるような、若き日々があったはずです。その原点が人生を貫く芯棒になれば、その人の人生はきっと、実り多きものになるに違いありません。

公共交通

■20220124(月曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。

■今朝は走りました。昨日の雨も、夜半過ぎには止んでいたようです。いつものように5時に目覚ましを合わせて起き出し、準備運動の後スタートしました。

昨夜は2度、目が覚めました。12時と午前1時です。ただ、その後午前5時までぐっすりと休むことができましたので、起き出すのは、とても楽でした。

雨上がりで湿度も高く、とても暖かく感じました。ただし走り始めてみると、体が重く感じられ、決して快調なペースで走ることができた訳ではありませんでした。

今朝は校庭に着いてから、22分にタイマーを合わせ、走り続けました。グラウンドも昨日の雨で湿っており、とても走りやすい状態です。走り始めは体も重く辛かったのですが、5キロを過ぎてからは、むしろ体も軽く感じられ、足取りも快調になりました。

結局、今日は41分42秒、6.70kmを走り、これで今月は9回のランで57.03kmを積み重ね、目標の88キロまでは残り7日で30.97kmとなりました。

残りの距離からは、ちょっと頑張れば目標を達成できそうですが、まあ無理は禁物です。体調と相談しながら、可能な限り積み上げていきたいと思っています。

■さて、今朝の東京新聞には富山市の路面電車について書かれています。「路面電車は市民のため・富山市 利便性向上 乗客増える 赤字だから廃止 再考を」と題されて書かれています。

富山市の路面電車が乗客数を伸ばしています。市が路線や運行本数を増やした結果、利用しやすくなったのが一因。大きな収益を見込みにくい地方都市では珍しい取り組みで、富山大学の中川大教授(交通工学)は「公共交通は市民のために必要なものだという意識が一貫している」と評価しています。

富山では冬の間、雪と戦わなければなりません。駐車場の雪かきが想像以上に大変なのです。私も30年以上前、富山大学に勤務していた頃、一晩で68センチ、雪が積もったことがありました。記録的豪雪です。

とにかく、朝起きて見て驚きました。車は雪の中に埋まってしまい、1センチも動かすことができないのです。雪かきをしないと仕事にいけません。

そんな状態ですから、路面電車は市民にとっては、本当に貴重な足なのです。何があっても、どれだけ雪が降っても、路面電車の除雪だけは優先的に行われていたように思います。

ただ、昨年富山へ出かけた時に、タクシーの運転手さんに聞いた話では、昨年の冬には2回ほど、路面電車が雪のために不通になったそうです。それだけ大雪だったのです。

記事には、こう書かれています。

1913年に開業した富山市の路面電車も70年代以降は、不採算区間の廃止が続いていた。そうした状況を一転させたのが、市が掲げた「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」政策。

「公共交通は道路や公園などと同じ都市インフラ」と位置付け2003年度から予算を充実させた。

富山駅から伸びる一部路線の乗客増加率は77パーセントで、全国の地方鉄道で最高となったそうです。市によると、高齢者の外出頻度が増えたとの調査結果もあります。

茨城県の「ひたちなか海浜鉄道」や福井県の「えちぜん鉄道」など、行政が積極的に関わる路線は乗客が増えている、と指摘しています。赤字だから廃止する、という考え方は改めるべきだ、と中川先生は話されています。

大阪で進められている政策とは、ある意味真逆の方向ですが、住民にとってどちらが住みやすい街なのかは、よく考える必要があります。

大阪では維新の会が身を切る改革と称して、行政サービスを削った結果、コロナウイルスによる死亡者数は全国一を記録しています。

誰のための、そして何のための改革なのか、住民は自分の頭でしっかり考えなければいけません。

鰭(ひれ)酒

■20220123(日曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。多くの登山客で賑わっていました。

■今朝は走らずに、ゆっくりと休みました。昨夜は、ここ数日では感じられなかったほど暖かな夜でした。

昨日はすんと一緒に日帰り温泉に行き、ゆっくりと食事を取って帰ってきました。行き来の時も、そして家に帰ってからも、あまりの暖かさに驚きました。

昨夜は、いつもの格好で寝床に入ったのですが、朝方暑くて上着を脱いだほど。靴下も脱ぎました。こんなことは、1月に入って初めてです。

大寒を過ぎて、にわかに気温が上がったとも思えないのですが、暦とはうまくできているものです。日が暮れて暗くなる時間も、少しずつ遅くなっています。

昨日は、夕方の5時に家を出て、日帰り温泉まで歩き始めましたが、まだまだ明るいのに、これまた少し驚きました。少し前でしたら、もう5時を過ぎると真っ暗でした。

「冬(ふゆ)来(きた)りなば春(はる)遠(とお)からじ」とは、なるほど文字通りには、こんなことを歌っているのかもしれません。

■さて、今日は日曜日ですが、のんびりとすることにしました。日曜日だからといって、一日中、家にいることは滅多にありません。なんだかんだと出かけることが多く、疲労回復とは、とても言えません。

来週の週末は本来でしたら、たくの一家がやってきて、みんなで孫の誕生日を祝う予定でしたが、新型コロナウイルス蔓延のために、延期となってしまいました。本当に残念ですが、こればかりは致し方ありません。

■さてさて、今朝の東京新聞の「東京俳壇」の欄では、選者の石田郷子さんが、読者のこんな句を紹介されています。

「鰭(ひれ)酒や 我より我を 知る人と」

石田さんは、こんな風に批評されています。

ひれ酒を共に楽しむのは連れ合いか古い友人か。『そこがあなたのだめなところだ』などとたしなめられているのかもしれない。温かい。

ひれ酒は私も好物で、鶴ちゃん夫婦とのひろ繁での月に一度の夕食会では、寒い時期には、いつもいただいています。幸か不幸か、そこがあなたのだめなところだ、などとたしなめられることはないのですが、考えてみると、この年になって、たしなめられることなどあるのかと考えてしまいます。

確かに連れ合いには、しょっちゅうたしなめられているかもしれませんが、少し趣が違うような気がします。

もちろん私にも友人と呼べる人は何人かいますが、若い時と違って、心置きなく腹を割って話す、というのはとても難しくなっています。結局のところ、仕事の話か、趣味の話ぐらいしか語ることが無くなってくるのです。

あとは同窓会というか、学校時代の友達と会えば、思い出話に花が咲く程度でしょうか。与えられた時間の中で、楽しく会話を交わす、歓談するというのでしょうか、これは簡単そうで、なかなか難しいことです。

きっと女性の方が、ずっと上手に違いありません。女性たちは、いつも楽しそうに話し合っています。ひょっとすると、ほとんどの内容は、人の批評か悪口かもしれませんが、それでも会話が弾むというのは良いものです。

話すことがなくて、面白可笑しくもない食事会ほど、つまらないものはありません。男どもというのは、世間話をすることに抵抗があるのか、もともと不得手なのか、言葉が続かないのです。仕事ばかりをしてきた、ためなのでしょうか。そういう意味では、つまらない人が散見されます。

世間話というのは、とても大切です。他愛ない話によって、糸が繋がるのです。イギリス人は天気の話をまずする、という訳がよくわかります。誰にとっても身近な問題で関心があるからです。

論語の中の「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」とは、年を取れば取るほど、稀となり貴重な時間となるのでしょう。