緊急事態宣言延長

■20210306(土曜日:曇)

2016年に枯葉剤被害者支援の旅で立ち寄ったベトナム・ハロン湾の様子です。

■今朝はゆっくりと休みました。 昨日の朝は6 km 超走ったのですが、体のだるさが酷く、予定よりも早く切り上げました。一日中、体の重さが消えることはなく、早々に夜は早く休みました。

今朝は目覚まし時計を6時に合わせてあったのですが、5時半には目が覚めてしまいましたので、そのまま起き出して朝食をとりました。

朝刊には緊急事態宣言が、「4都県 21日まで再延長」と一面を飾っています。東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県に発令中の緊急事態宣言が、7日の期限を21日まで2週間再延長する、と決定されました。

緊急事態宣言の再延長に伴い、一都三県の知事がテレビ会議を開いて、郡県民の不要不急の外出自粛や、飲食店の時短営業などは引き続き求めることを確認しました。会議では、現在の午後8時までの時間要請に応じた飲食店に1日6万円の協力金を支払うことを確認。時短要請は宣言解除後も3月末まで、午後9時までとして続けることも確認しました。

地元でも飲食店はどこも青色吐息の状態です。3月、 4月は年末・年始に当たり、歓送迎会で通常でしたら大忙しの時期でしたが、緊急事態宣言のもと、客足はぱったり途絶えてしまいました。

1日6万円の協力金と言っても、夫婦二人だけで営業しているお店ならば、なんとか維持出来るのかもしれませんが、従業員を雇っているお店では、とても賄いきれるものではありません。その他に雇用維持助成金など様々な支援策があるようですが、とにかくこの危機的状態をなんとしてでも生き抜いて、コロナ禍が過ぎ去った後、またみんなで集える場が残って欲しいものだと心から願っています。

オンライン会議

■20210305(金曜日:曇)

2016年に枯葉剤被害者支援の旅で立ち寄ったベトナム・ハロン湾の様子です。

■昨夜は第14回沼津ベイエリア眼科フォーラムがリバーサルホテルで行われ、私は開会の挨拶と座長を務めました。 お二人の先生が講師を務めてくださり、最近の緑内障手術の状況と小児の眼科疾患について講演をされました。

会場に来られていたのは10名弱の先生方で、ほとんどはオンラインでの参加となりました。Zoomでの開催でしたが、講演も滞ることなく無事に終了し、ほっとして帰宅しました。

先週の土曜日に行われた静岡でのセミナーには、私はオンラインで参加したのですが、ZoomやTeamsといった会議用のオンラインシステムは使わずに、ある情報技術会社独自のシステムを用いたようです。そのおかげかどうか、ブラウザだけでアクセスし画面も視聴できて、特別な準備も必要ありませんでしたので、参加する方としてはとても楽でした。

しかし後で関係者の方に話を聞いたところでは、かかった費用が半端ではなかったようです。聞いたところでは200万円弱の経費がかかったということで、私達のような弱小眼科医会では、とてもまかないきれる額ではないと分かりました。

昨夜の会では、後援してくれた製薬会社の担当者がZoomのセットアップをされていたようですので、いわば手作りのオンライン会議となっていました。

東部眼科医会も6月の講演会をオンラインのみで開催することに決定しましたので、どのように運営するかという問題と格闘中です。専門業者に依頼することはもちろんなのですが、座長の先生も含めて、全ての参加者をオンラインで進めるか、一部屋別に準備して運営するかの難題です。その場合運営経費が桁違いになってきます。頭の痛い問題です。

■さて今朝は走りました。いつもの通り4時半に目覚まし時計を合わせて起き出そうと思ったのですが、ちょうど4時頃目が覚めてしまいましたので、もう少し眠ってから再度起き出そうかどうか迷いました。

でもここで一旦また寝てしまうと、睡眠のリズムの関係で再度起き出すのはとても辛くなりそうなので、そのまま起きだして生ゴミを所定の位置まで運び、準備運動をした後スタートしました。

今朝は腰が重くて、小学校の校庭での予定していた35分のランは途中で切り上げました。なんとか、だましだまし走り続けたのですが、さすがに疲れが溜まっていたのでしょう。結局今朝は45分走り6.62 km を積み重ね、今月は2回のランで17.13 km を走り、月100 km 走までは残り26日で82.86 km のところまで来ました。

お菓子放浪記

■20210304(木曜日:晴れ)

2016年に枯葉剤被害者支援の旅で立ち寄ったベトナム・ハロン湾の様子です。

■今朝はゆっくりと休みました。昨日は3月として初めてのランニングをしましたので、今日は休養日です。 昨日は青空が広がり穏やかな一日でしたが、西から天気は崩れてきています。

今日は沼津西ロータリークラブの例会場が新しくなった最初の例会となります。これまで9年間利用してきた会場が閉鎖となり、沼津駅近くの結婚式場に例会場を移動することになったのです。

私たちのクラブは創立から30年間で、今回の新しい例会場が4カ所目となります。 スタート時点では地元の商工会の2階をお借りしていました。 あの頃は会員のほとんどは商工会のメンバーでした。しかしどこの商工会も同様なのでしょうが、会員の減少が著しく維持管理するのは困難となってきました。そこで商工会の2階から、結婚式も行える宴会場に場所を移したのですが、残念ながらそこも閉鎖されることになり、3箇所目に移動したのが9年前でした。

「この施設は静岡厚生年金休暇センターとして使用されていたが、2009年に現在の運営会社「ワールドプロジェクト」(同市)に売却された。愛鷹山麓に広がる約12万平方メートルの土地に、宿泊施設や会議場、体育館や天然温泉、老人ホームなどを備えていて、地元成人式の会場にもなっていた」。

沼津市内でも結婚式場として運営されていた施設が次々に閉鎖に追い込まれています。若者人口の減少により結婚式の数自体が減っています。 今では沼津市内で結婚式を挙げようとすると会場を探すのに一苦労です。どこの地方都市でも同じだとは思いますが、 子ども数が減り高齢化が進展すると、社会のあり方が激変してしまいます。

■今朝の東京新聞「話題の発掘」欄では、

「お菓子放浪記」国立映画機関収蔵へ  震災前 宮城・石巻でロケ  10年の節目 「貴重な記録資料 後世に」と題して書かれています。

沼津にも縁のある作家西村滋さんの原作である、お菓子放浪記は東日本大震災前に、宮城県石巻市をメインロケ地に撮影されていました。その35 ミリフィルムが、国立映画アーカイブ(東京)に収蔵されることになったのです。震災前の貴重な映像が収録されており、関係者は「震災から10年の節目。公的機関に永久保存されることは喜ばしく意味深い」と話しています。

作品は復興支援の象徴ともなり共感の輪が全国に拡大、全都道府県約850会場で上映され、約45万人の観客を動員したそうです。 最後に、こう書かれています。「大震災を機に不思議な巡り合わせをもたらしてくれた作品だ。貴重な記録資料でもあり、後世にしっかり残していただきたい」と、映画製作委員会代表の鳥居明夫さんは語られています。

私もぜひ観てみたいものだと思いました。

逆転の発想

■20210303(水曜日:晴れ)

2016年に枯葉剤被害者支援の旅で立ち寄ったベトナム・ハロン湾の様子です。

■今朝は走りました。 昨日は 終日雨が降り、寒々しい一日でしたが、天気予報では今日は朝から晴れる予定でしたので、目覚まし時計を4時半に合わせて起き出しました。

今日はビニールゴミの日ですので、公園前の所定の場所に運び、準備運動の後スタートしました。いつものようにSさんのお宅前を通って電気が点灯しているの確認し、踵を返して小学校の校庭に向かいました。

昨日は、そこそこの量の雨が降りましたので、ぬかるんでいないか心配だったのですが、学校の校庭はとても水はけが良くて、心配したようなぬかるみはありませんでした。

今朝は校庭でのタイマーを60分に合わせていましたけれども、10 km を走り終えたところで校庭でのランニングを止めて、帰宅の途につきました。

結局今朝は1時間7分47秒を走り、3月第一回目のランとして10.51 km を積み重ねました。残り28日で、月100 km 走までは89.48 km が残っています。

■今朝の東京新聞「本音のコラム」欄では文芸評論家斎藤美奈子さんが「与党の悪あがき」と題して書かれています。自民党議員有志が40都道府県議会の議長らに、選択的夫婦別姓を求める意見書を採択しないよう要請した件が報道されたのです。

丸川 珠代(まるかわ たまよ)男女共同参画担当相が名を連ねていたことで海外メディアも反応したようです。またしても「ジェンダー平等意識の低い日本」を PR する結果になりました。斉藤さんは、こう書かれています。

選択制がそんなに嫌なら、いっそ逆転の発想で民法を「夫婦は妻の氏を名乗る」と変えたらどうだろう。

同性だから家族の絆は守られる。子の氏で悩むこともない。男性の姓が変わると社会生活に支障が出る?今まで築いたキャリアが崩れる?

何をおっしゃいますやら。だったら旧姓を通称としてお使いになればいいじゃない。妻性強制法は反対論の嵐、不平等だ差別だと大騒ぎになるだろう。

でもね、現に女性は、事実上の夫性強制で同じ状態に置かれているのよ。

■なるほど。逆転の発想で物事を眺めてみると、物事の本質が見えてくるのかもしれません。