相撲

■20190121(月曜日:晴れ)

 

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サホロスキー場の様子です。

 

■今日からまた普通の生活に戻ります。先週の木曜日の夜に熱発してから、辛い毎日が始まりました。金曜日の朝インフルエンザ A と診断され、療養生活が始まったわけです。咳がひどく熱もあるため、安静にしているしかありませんでした。仕事も休み三日間ほぼ寝たきりの生活でした。こうしてようやく普段の生活に戻れるとなると、本当に健康のありがたさを痛感します。今朝は思い切って走ろうかと思ったのですが、やはり無理は禁物と 明日以降に延期しました。 今月は目標の100キロまで、あと45 km 残っています。かなり厳しい日程ですが、とにかく健康を取り戻さない限りは目標達成は無理ですので、ここは堪忍自重です。

 

自分自身がインフルエンザのためにバタバタしてる間に、横綱稀勢の里が引退してしまいました。先の場所から連敗が続いていて、もう取り続けるのは難しいとは思っていたのですが、やはり怪我の影響で元の相撲を取ることが難しかったのでしょう。寡黙で昔ながらの相撲さん、というのは稀勢の里関を形容する時にいつも使われる言葉です。 ただ勝てばいいのだという、今の横綱の相撲を見ていると、 どうも相撲に対する興味が薄れてしまいます。最近はあまりテレビも見なくなりました。 もちろん勝負事ですから負けてはいけないのでしょうが、ただ勝てば良い、と言うのでは相撲ではなくなってしまうように感じます。 しばらくは日本人の横綱は出てこないでしょうから、私自身も、しばらくは相撲のテレビ観戦から離れることになりそうです。

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休養

■20190120(日曜日:晴れ)

 

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サホロスキー場の様子です。遥か彼方にゴンドラの終着駅が見えます。標高千メートルです。

 

■先週から続いているインフルエンザ騒動も、ようやく収束しそうです。とは言っても、まだまだ体調は元通りとはいきません。まだ咳が出ますし、味覚が変化してしまい、食欲も戻りきれていません。一時は塩辛さがひどくて、同じインスタント味噌汁を飲んでいるのに、なんでこんなに塩分が多いのだ、とびっくりしました。途中で飲むのを止めたほどです。

 

さすがに、もうそこまでは味覚が狂ってはいないのですが、正直あまり美味しくは感じません。全然食欲が無いわけではないので、その点は病気からの回復を考えると、プラスの要素です。やはり食べられないと回復は、遅くなります。よほどの病状にならない限り、私は食欲が落ちることはありません。その点は私の体の長所だと思っています。なんだかんだと欠点ばかりですけれども、一つぐらいは良いところもあるものだと、自分を慰めています。

 

考えてみれば65歳のこの歳になるまで、色々病気をしながらも、決定的な大病をせずに過ごせてこれたのは、本当に幸運でした。それしか言いようがありません。小さい頃には道に飛び出してトラックに跳ねられたこともありました。それでも軽症で済んだのですから悪運が強かったのでしょう。今思えば運転手さんに大変な迷惑をかけてしまったと申し訳ない思いでいっぱいです。

 

大学生になってから初めて肺炎になりました。 夏休みで川口の実家に帰った時に異常に気付き、かかりつけの先生に診てもらいました。 クロラムフェニコールの注射で助けてもらったように記憶しています。 外科の先生でしたが、川口工業病院、今ではもう存在しないかもしれませんが、そこに勤務されていて開業された先生でした。盲腸炎の手術もその先生にしていただきました。 元々小学校の時から、運動会が終わると発熱して寝込んでいましたが、今考えると扁桃腺炎を繰り返していたのです。疲れると発症していたわけです。こちらで開業する前に、大学病院で扁桃摘出手術を受けたことで、その弱点からは解放されました。摘出手術を受けた後は、それまでの経過が嘘のように、発熱することはほとんどなくなりました。 扁桃腺炎の高熱は、とても辛いものです。 その点から解放されただけでも、本当に楽になりました。

 

同級生の中には、当然ながら、事故や病気で亡くなってしまった仲間もいます。 ロータリークラブなどで先輩たちの話を聞くと、同窓会に行くと、 毎年毎年出席者の数が減っていくことや、亡くなった仲間の話が出て来て、参加するのが次第に嫌になってくる、という話をよく聞きます。 私も還暦を迎える頃から同期会や同窓会に誘われることが多くなり、また心がけて出席するようにしてきました。さすがに私の年齢ですと、まだ先輩たちのような思いをせずに済んでいますが、その日が来るのは時間の問題です。病気をして寝込んだりすると、そんなことを考えてしまいます。内館牧子さんの「すぐ死ぬんだから」を読むと、主人公の年齢設定は78歳でした。 私に残された時間は、あと13年ということです。 これからの時間で私に何ができて、何をすべきなのか、ということをもう一度真剣に考え直してみる時なのです。 つくづく、そう感じる今日この頃です。

 

 

回復

■20190119(土曜日:晴れ)

 

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サホロスキー場の全景です。ゴンドラリフトの終着点が標高1,000Mです。

 

さて昨日の騒動から一夜明けました。ようやく喉の痛みも取れ、まだ時々咳が出るのと、喉の乾燥感は消えないのですが、それでも熱は下がったようですので、大変楽になりました。ゾフルーザの効果というものはどの程度なのか、比較検証しているわけではないので、何とも言えないのですが、48時間以内であれば、かなり効果があるようです。普通の状態であれば、つまりは体調はとても悪いとか、免疫不全状態にあるとかいうのでなければ、基本的には時間とともに回復するのがインフルエンザですので、何もしないでひたすら寝るというのもありなのです。インフルエンザと言うと、すぐにタミフルなどを内服させるのは、世界的に見れば決してありふれたことではありません。極めて日本的なものなのです。

 

抗インフルエンザ薬の代表である「タミフル」の世界消費量の約75%を日本が占めており、2位の米国の約20%を大きく離してダントツ1位だそうです。日本では、他の国に比べて圧倒的に多くの抗インフルエンザ薬が処方されているという事実があります。他の国は、タミフルを多く使用することでインフルエンザが耐性を獲得し、タミフルが効かなくなってしまうことを懸念して、必要最低限の使用にとどめるという方針をとっています。

 

私が抗インフルエンザ薬の処方を受けるのが、医学的にみて、どうなのか。米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention, アメリカ疾病管理予防センター)が提唱する抗インフルエンザ薬を使用すべき対象を見てみると、

 

・入院を必要とするような重症な人

・65歳以上の人、5歳未満、特に2歳未満の小児

・妊婦

・気管支喘息、糖尿病、慢性の心臓病など持病がある人、HIVなどによって免疫力が落ちている人

 

となり、65歳の私も、かろうじて、投与対象者となっています。あまり後ろめたさを感じることなく服用してよかったようです。

 

(●^o^●)

 

とは言え、日本には薬の使い方に特異性があるのは、間違いありません。それは国民皆保険という制度がもたらしている力が大きいでしょう。無駄な面も多いかもしれないが、それ以上の利益を国民にもたらしている、と考えるのが、正しい認識ではないか、と思います。

 

 

乱調

■20190118(金曜日 晴)

 

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サホロリゾートホテル・フロント前にあるお人形です。

 

■昨夜はほとんど眠れませんでした。咳が止まらないのです。眠りに落ちようとすると咳が止まらなくなり、目が覚めてしまいます。本当に苦しい一夜でした。喉の痛みが酷かったので、またいつもの扁桃腺炎かと思っていたのですが、さすがにこれは違うと、朝起きて知り合いの先生のところに行き、診察を受けました。

 

もう15年ほど前でしょうか、同じような経過を辿りその時は肺炎になってしまいました。危うく命を落とすところでした。開業してほぼ30年。病気が原因で休んだのはその時だけでした。三日間ひたすら寝ていました。今回もそうなってはいないかと、そればかりを心配して出かけたのです。胸の写真、CTなどから、幸いにも肺炎には至っていないということでしたが、なんとインフルエンザ A が陽性に出てしまいました。喉の痛みがあまりにひどかったので、インフルエンザの事など考えもしませんでした。とはいえ原因がはっきりしたことと、肺炎には至っていないことが確認でき、ほっとして家路に着きました。今日と明日は休診にして休むしかありません。

 

さて休むだけではいけません。しなければならないことが残っています。まずは今晩の夜間待機当番を何とかしなければなりません。幸い知り合いの先生が理由をお話ししたら快く交代してくれることを了解してくれました。その日に急に代わってくれと言っても、お互い都合があることですから、ほとんどは無理の場合が多いのですが、本当にありがたいことです。これでゆっくりと休むことができます。さらに明日の15時からは静岡県眼科医会総会が静岡市で行われます。副会長ですので私も当然出席しなければならないのですが、まさか出席するわけにもいきませんので、会長に連絡し事情をお話して欠席することをお詫びしました。来週27日の土曜日には、高度医療機器管理者講習会が静岡市で行われるのですが、その際に私は担当副会長として、1時間お話をしなければなりません。これだけは休むわけにはいきませんので、それまでにとにかく体調を戻さなければなりません。スライドはほぼ出来上がっているのですが、時間的配分をまだ確認していませんので、最後の詰めが残っています。

 

さてこれで準備は終わりましたので、後は薬を飲んでとにかく回復するのを待つしかありません。1日ひたすら寝ていました。もちろん薬を飲んだからといってすぐに普通の体に戻るわけではありません。今回はゾフルーザを2錠のみ回復するのを待ちました。朝の9時45分に飲み、時間的経緯とともに体がどのように変化していくかお、注意深く見守りました。 4時間から5時間経った頃から喉の痛みが楽になってきました。 とはいえ喉が乾燥し咳が出るとともに鼻水が出るために鼻呼吸は困難なままです。 ようやく峠を越したなと実感できたのは、ちょうど半日を超えた頃、つまり夜の10時前でしたでしょうか。それでも寝る前に体温を測ってみると、まだ38.1度もあるのです。 今夜は昨夜と違って安眠できるのではないかと寝床に入って ほっと一息でした。

 

 

熟睡

■20190117(木曜日:晴れ)

 

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サホロリゾートホテルから見たスキー場です。快晴です。

 

■昨日は風邪のために往生しました。咳と喉の痛み、そして微熱です。連休明けですので、外来も混雑しましたし、体調が悪く声を出すのが辛いのには参りました。咳をする度に喉が痛み、飛び上がりそうになるほどです。こんなひどい風邪をひいたのは、久しぶりです。午後からはマスクを二重にして、呼吸を楽にするべく努めました。

 

夕食を一緒に食べようというNonちゃんの提案も、残念ながら、さすがに昨夜は遠慮して休んでいました。Sunが買ってきてくれた、お持ち帰りの寿司を食べて、喉の痛みにロキソニン、そして葛根湯を飲んで早めに床に入りました。

 

と、ここまでは苦しいことばかりだったのですが、昨夜は思いのほか熟睡できた一晩でした。まずはトイレにいくことが一度もありませんでした。その前の晩は一時間ごとに目が覚めて辛かったのですが、昨夜は寝入ってから早朝の3時まで5時間近く、一度も目覚めることがありませんでした。なんて素晴らしい睡眠なのでしょう。これほどの熟睡感は、何ヶ月ぶりかです。暑すぎるから寒すぎるからと、布団の選択で四苦八苦することもありませんでした。薄手の布団で一晩中問題がありませんでした。

 

今朝は、普段より調子が良いほどです。あとは喉の痛みが取れれば、通常の体調に戻ります。咳をすると痛みに襲われます。要は疲れが溜まっていたのでしょう。

 

 

悪人と善人

■20180116(水曜日:晴れ)

 

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サホロリゾートホテルのフロントです。

 

■今朝は走りました。12日の土曜日に朝走って、そして午後から北海道へ向かいました。それ以来ですので4日ぶりということになります。昨夜は本当に寝付けない一夜でした。1時間ごとに目が覚めて、ああでもないこうでもないと熟睡できませんでした。咳が出て、気管支がつまり気味のような感覚になるのですが、アレルギー性の気管支炎でしょうか。例によって寒いのだか暑いのだか、よくわからないままに右往左往して振り回されてしまいました。目覚ましは5時45分にかけていたのですが、ちょうど1時間前に目が覚めてしまいました。このままもう一度寝入ってしまうと、今度は起きだすのが大変ですので、思い切って起き出しました。

 

スキーのためか、普段にはない筋肉痛と、眠るための悪戦苦闘とが重なって、だるいことこの上ないスタートでした。走りだして1キロほど走ったところで、お腹の変調に気付きました。これは無理せずに途中で引き返し、トイレに入った方が良いと判断し、結局2.58 km 走り総計64.39 km 残り15日45.60 km となりました。年の初めの最初の月ですので、なんとかきちんと目標をクリアしなければいけません。今夜からは花粉除去機を寝室に持ち込んで、アレルギー要素を除去して眠ってみようと思います。

 

■今朝の東京新聞筆洗欄には、亡くなられた市原悦子さんの逸話が綴られています。市原さんは演じることについて書かれています。

 

「悪人と善人というのはない。人には美しい瞬間と醜い瞬間があるだけだ」。人を悪人か善人かで割り切らない。人は両方を抱え生きている。その複雑さと悲しさを意識していた。だから、その演技は深く、人間の臭いがした。

 

と書かれています。なるほど。確かに、その通りに違いありません。 いつも善人なわけではない。いつも悪人なわけでもない。その瞬間、瞬間を、人は懸命に生きているだけなのでしょう。

 

帰宅

■20190115(月曜日:雨のち曇り)

 

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今回泊まった十勝リゾートホテルです。

 

■おとといの夜、そして昨日の夜と夕飯を食べ過ぎました。スキーをして疲れているにもかかわらず、食事を取りすぎたのです。こうした場合私は胃腸炎に苦しむことになります。0時を回った頃から、拍動性の頭痛にひどく苦しめられました。嘔吐や下痢はなかったのですが、頭痛に苦しめられるのは辛いものです。もうこれで最後にしよう、と何回も決心するのですが、ついつい油断してしまうのです。その報いが昨夜もやってきました。ようやく朝方5時を過ぎてから、少し楽になって熟睡することができました。

 

8時に起きて朝食を軽く取り、9時35分の JR線で千歳駅から南千歳駅まで行き、そこで乗り換えて新千歳空港まで行きました。今日は大変混雑しているので、なるべく早く手荷物チェックなどをしてください、というANAからの事前連絡がありました。 空港でお土産を買って、手荷物検査を終え、 10時40分発 ANA 1262便に乗って13時35分富士山静岡空港に到着しました。飛行機は167人乗りのボーイングでしたが、乗客は1/3程度でしたでしょうか。三菱重工の MRJ が飛ぶようになれば、ちょうど良いのではないかと思えるほどでした。静岡空港から東名高速島田インターチェンジに乗り1時間10分ほどで帰宅することができました。道路の渋滞に出くわすことがないというのは、本当にありがたく、運転する立場からすると楽でした。帰ってきて郵便物を確認し、こうして入力を進めています。

 

今年は千歳駅周辺のホテルに2泊し、サホロリゾートホテルに一泊しました。12日土曜日の夜は千歳駅の目の前にある JR イン千歳に宿泊し、翌日13日の朝 スーパーとかちに乗って新得駅まで行き、ホテルの送迎バスでお昼前に到着しました。 軽く昼食をとってから、早速スキーを楽しみましたが、リフト4時間使い放題、という券を使い切ることができませんでした。2時間も滑っていると目一杯の状態になってしまいました。少し早めに戻り、ゆっくりとお風呂に浸かって疲れを取りました。ホテルで夕食のバイキングを取り早めに床に入りました。翌日14日はリフト1日券を購入していましたけれども、考えてみれば4時間券でも十分だったと思います。 14時にはゲレンデを離れてホテルに戻り、お風呂に入って着替えて、15時10分の送迎バスに乗って新得駅に向かいました。

 

14日の夜は千歳ステーションプラザ内にある千歳ステーションホテルに泊まりました。 以前Takuと一緒に千歳マラソンを走った時に、その後の昼食をガストで取ったのですが、そのガストが入っていたビルが千歳ステーションプラザでした。駅から外へ出ることなくたどり着けるのは、雨や雪が降っている時には大変助かると思いました。こちらは大浴場がないので、 JR イン千歳のようにゆっくりと大浴場につかるということはできませんでしたが、どちらも一長一短のようです。6月に千歳マラソンに参加するとなると、どちらのホテルが良いだろうかとSunと 二人で相談しました。Takuが参加するかどうかわからないのですが、とりあえずホテルは予約しておかないと、当日は大変な数の観光客がやってきますので、ホテルを取るのはなかなか困難なのです。

 

こうして楽しかった今年のスキー旅行も無事に終わることができました。今年もゴンドラに乗って1000 M の地点まで行き、かなりの急勾配のゲレンデも滑りましたし、とりあえずはなんとか転ばずに滑り降りるという自信もできました。おっかなびっくり斜滑降で右から左と滑っていた以前に比べれば、特別習ったわけでもないのですが、どういうわけか格段の進歩と言ってもおかしくありません。次回のスキーが楽しみです。