一人

■20180528(月曜日:曇)

 

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雲台海岸のパノラマです。夏はパラソルで埋め尽くされるようです。

 

■今朝は走りました。先週末は疲れが溜まって気力も萎えました。昨日は睡眠導入剤を服用して、はやばやと床に入りました。疲れた時には寝るに限ります。睡眠が最良の薬です。

 

というわけで、今朝は割とすんなり起き出すことができ、今月11回目 9.50km を走り、総計 96.05km を積み重ねました。残り3日で 3.94km です。

 

ただし今週末には千歳に向かいます。第38回千歳JAL国際マラソンハーフの部に出場するためです。大会に出場する前の調整が大切です。大会3日前から走るのを私は止めています。疲れが残っていまうからです。となると、走ることができるのは30日の水曜日まで。あと一回走って目標を達成できそうです。

 

Takuは仕事のため今年は参加できませんので、一人で走ることになります。2014年に初めて出場した時もTakuと二人でしたので、一人で走るのは今回が初めてです。もっとも最初の時は、Takuは10キロの部に出場したので、別々にスタートしましたが。一人で走ることの方が、もちろん多いのですが、この大会に限っては、どうも寂しそうでいけません。また完走することだけを考えて、無理をせずに走りましょう。

 

 

 

 

 

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名古屋

■20180527(日曜日:曇)

 

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釜山港のパノラマです。好天に恵まれ、家族で過ごした最高の一日でした。

 

■今日は名古屋で会議がありました。北陸東海眼科医会です。朝7時18分発の東海道線で静岡駅まで行き、そこから新幹線に乗り換えて名古屋に向かいました。さらに名古屋駅では東山線に乗り換えて栄駅まで行き、13番出口で中日ビルに入りました。

 

名古屋は、さすがに大都会です。トヨタのお膝元。人が溢れんばかりに行き交っていました。東海北陸ですから、愛知県、岐阜県、石川県、富山県、福井県、三重県、そして静岡県です。私は初めての参加ですので、興味深く議論を聞きました。

 

10時から昼食の45分を挟んで14時までの会議でした。日本眼科医会会長の高野先生の、これまでの活動の総括報告などは、大変勉強になりました。

 

14時に終わって名古屋駅に向かい、川村先生、高良先生と三人で静岡駅までひかり号に乗り合わせて帰ってきました。名古屋駅では、新幹線の本数には、本当に驚くばかりです。14時台ですと5分以内に次の便が発車するのですから、山手線並みです。それだけ東京との間で人が行き交っている、ということです。

 

17時には家に帰ることができました。明日から、また通常の仕事です。しばらくは学校検診の影響で、外来は混雑が予想されます。ゆっくり休んでおかないと、とても体が持ちません。とは言っても、まだ目標達成のために13キロ走らなければいけませんので、気が抜けません。明日の朝は走る予定です。天候は、どうなのでしょうか。

 

 

 

 

ASD

■20180526(土曜日:曇)

 

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釜山港の市場です。海産物が所狭しと並べられていました。

 

 

■今朝は走りました。体は相変わらず重いのですが、なんとか起き出して5時半前に走り出すことができました。準備運動をしていると、隣の小針さんのご主人が話しかけてきました。ご自身もウォーキングやフィットネスクラブに通って運動をしているとのこと。同世代ですから、やはりメタボはなかなかの難敵です。続けていれば、必ずや成果が出るはずです。一緒に頑張りましょうと別れました。

 

6.12km を走り、総計 86.55km となり、残り5日で 13.44km を走る必要があります。明日は朝から会合出席のために名古屋へ行かなくてはなりません。ということで、月曜日以降に積み上げる必要があります。何にしても目標を達成するのは、どんな小さな目標でも楽なものはありません。

 

■東京新聞連載の「名作で読む発達障害」 36回目は、『クリミナル・マインド』でした。日本でも人気のアメリカのテレビドラマだそうですが、私は知りませんでした。FBIの中にある行動分析課(BAU)という実在する組織のメンバーが、凶悪事件を起こした犯罪者をプロファイリング(心理学などを使った分析)し、事件の解決を図るという展開です。

 

アマゾンのプライム会員ですので、無料で観ることのできるビデオ作品が結構あります。古いテレビドラマなどは格好の楽しみです。今までは、「Law and Order  」がお気に入りでした。50話程もあった作品を全て観てしまいました。そこに繰り広げられる人間模様は、観ていて飽きることがありません。全て観終わりましたので、これからは上記の作品を楽しむつもりです。

 

筆者の岩波 明さんは、「自閉症 専門分野で強み」と副題に記されています。BAUのメンバーの中で、注目しているのが異色の二人。いずれも自閉症スペクトラム障害(ASD)的な特徴を持った人物ですが、実に魅力的に描かれ物語を動かしている、と書かれています。青年スペンサー・リードは、数学、科学、工学の博士号を持つまさに天才なのですが、人間関係が不得手で、同級生から何度も激しいいじめに遭っています。

 

このリードは、優れた映像記憶を持ち、視覚から得た情報は忘れないし、速読の特技も持っています。過去の犯罪記録についてコンピューターのデータベース並みの知識を持ち合わせている、という特徴があります。

 

一方もう一人のガルシアは、コンピューターオタクで、そのハッカー技術を見込まれてBAU入りした、という背景があります。そしてこうした個性ある登場人物が、犯罪を解決に導くのです。村上さんは、こう書かれています。

 

凹凸の激しい彼らの特徴が、チームの中で絶妙に生かされる様は、胸がすく面白さだ。

 

人間誰でも凹凸を持っているのですが、発達障害を持った人々は、その凹凸の幅が常識を超えているのです。人並み外れて優れているかと思うと、とても一緒に付き合う気にはなれない、という激しさです。その豊かな個性を活かすことができれば、社会は、とても彩り豊かな生き生きとしたものになるのでしょうが、現実は難しいのです。

 

まずは理解することから始める必要がありそうです。

 

 

 

 

 

 

あっちが東京

■20180525(金曜日:曇)

 

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釜山の市場です。エイでしょうか?

 

■今朝はゆっくりと休みました。昨日は朝10キロを走り、昼休みはロータリークラブの例会に出席。それから一時間ほどゴルフの練習をして、夕食はNonちゃんと三人でお寿司を食べる予定でしたが、Nonちゃんの仕事が長引いたので、Sunと二人で食べました。

 

食後に二人でニューウェルサンピア沼津でお風呂に入り、一日の疲れを癒やしました。近くにこうした施設があることを、本当にありがたく思います。

 

さて帰ってくると、Nonちゃんが仕事を終えて家に寄ってくれました。知人から頂いた、とても甘く美味しいイチゴやワインなどを渡しました。外来が長引いて大変だったようです。仕事ですから致し方ありません。

 

■さて今朝の東京新聞を読んでいて、まず切り抜いたのが、クミコさんの「私の東京物語」。歌手であるクミコさんは、1954年生まれ。つまりSunと同期生です。第一回は、「あっちが東京」。書き出しは、こうです。

 

荒川の土手に立つと、こっちが埼玉の川口、あっちが東京の赤羽。大きな橋を車と電車が走り、二つの街を繋いでいる。「セキネ」というシューマイの店があり、そこに家族三人で行くことが子供の頃の、何よりの楽しみだった。

 

まるでクミコさんは、私と同じ街に住んでいたのではないか、とすら錯覚しました。ただし、シューマイのお話だけは、我が家には当てはまりませんでしたが。

 

吉永小百合さんをスターにした街、川口が私の幼少期を過ごした街だったのです。クミコさんの紹介欄には、水戸生まれ、埼玉育ち。歌手。としか書かれていませんので、埼玉県のどこで育ったかは分かりません。上記の内容から推察すると、川口だったかもしれません。

 

吉永小百合さんが映画、「キューポラのある街」の中で、自転車を漕いでいたのも、あの荒川の土手でした。まさに、「あっちが東京」だったのです。電車は京浜東北線。あの頃川口駅に止まるのは、それだけでした。私の中の埼玉県は、京浜東北線の沿線だけなのです。

 

高校時代同級生と、秩父の夜祭に出かけました。あの時だけでしょうか、京浜東北線以外の場所に行ったのは。

 

クミコさんは物語の中で、池袋へ出かける様子を書かれています。

 

赤羽から池袋へ。ちょっとおめかしをすると、西武デパートへでかけた。当時の池袋駅には、いつも数人の傷痍軍人が座っていた。この人たちを見るたび、胸のあたりがもやもやと苦しくなる。怖くてしかたがない。吸い寄せられるように見つめる私に、手を繋いだ母が言った。「ダメよ、そんなに見ちゃ」

 

同じ頃上野公園に出かけた時、同様の経験をしたことを私も鮮明に覚えています。つまりは同時代を生きていたのです。時が経ち、Takuが御徒町に住むようになって、何度も一緒に上野公園に行きましたが、その度に子供の頃に見た、あの光景が自然と思い出されたものです。

 

上野駅前から少し歩き、階段を登って上野公園に向かう、あの階段のところです。先日久しぶりにTakuと上野に行き、駅前の上野精養軒で食事を取りました。改装工事が終わって初めての利用でした。もう何年も改装工事をしていたはずです。私の中では、駅前はあの頃と変わっていなかったのですが、改装工事が終わって、すっかり別の駅前になりました。

 

クミコさんは最後に、こう書かれています。

 

赤羽も池袋も、今ではすっかり変わってしまった。時々無性に行きたくなるのは、きっと、そこに若い両親と子供の私がいるからだろう。

 

私も同じ思いに駆られるのです。

 

 

 

 

最後の2キロ

■20180524(木曜日:晴れ)

 

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釜山市内のカフェです。韓国もコーヒー中毒の国のようで、いたるところに喫茶店があります。洒落たお店でした。

 

■今朝は走りました。とにかく、ゆっくりと走り続けることだけを考えて、ひたすら走り続けました。とは言っても、10キロでしかありません。百澤神社までの往復です。雨上がりで道路は、まだところどころ水溜りが残っていますので、ランニングシューズは古い方を履いて走りました。

 

パソコンにランニングウォッチを繋いでみると、「年間500キロ走達成 おめでとうございます」という文字が画面に登場しました。エプソンのサイトからのメッセージです。今日は結局 10.01km をキロ6分49秒で走り終えました。キロ6分40秒で走り続ければ、フルマラソンを5時間以内に完走できます。

 

ただし袋井マラソンのように最後の2キロにきて、エコパスタジアムまでの長い上り坂が待っていると、これは大変です。精も根も尽き果てて辿り着いた40キロから、さらに見上げるような上り坂が待っているのは、本当に虐待としか思えません。

 

本当に苦しいのです、私にとっては。ゴールまでが永遠に思えるほど長い時間に感じます。最初に参加した2014年では、ランナーズ膝に襲われ、膝が痛いのなんのって、とにかく走れないし、歩けないのです。屈伸運動を繰り返して、だましだまし、本当に這うようにしてゴールしました。

 

2015年は、小雨模様でほとんど無風という絶好の気象条件でした。40キロまでは苦しいながらも順調で、なんとか5時間を切れるかも知れなしと思っていたのですが、最後の2キロで力尽きました。愛野駅前から続くエコパスタジアムまでの上り道を、2キロ以上走るのは、残された私の力では無理でした。

 

2017年は、高野コーチと一緒に参加しましたが、結局三回目の中で一番タイムが悪い結果でした。もう脚が一歩も前に出なくなってしまってのゴールでした。6時間の制限時間を、何とか乗り切った、というだけの結果でした。本当にギリギリセーフのゴールでした。

 

ということで、6月3日日曜日には、Sunと二人で千歳に出かけて、5回目の千歳JAL国際マラソンハーフの部に出場します。今年はTakuは出場しませんので、一人で走ることになります。何だか力が入りません。本当に完走できるのかどうか、不安になってきました。まぁ、いいでしょう。とにかく前に進むしかありません。

 

 

体の変調

■20180523(水曜日:曇)

 

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釜山広域市でのアイスクリーム屋です。ハングルで、「アイスクリーム」って、読めそうです。

 

■今朝は走るつもりでいたのですが、諦めました。どうも元気が出ません。4時20分に目が覚めてお手洗いに行き、そのまま起きて走り始めるか、もう少し休むか一瞬迷ったのが、やはりいけませんでした。

 

残り40分では起き出せなくなるのは当然です。それにしても、疲れがスッキリ抜けないのが、どうも気になって仕方ありません。季節の問題なのか、単なる歳の問題なのか。それとも病的状態なのか。

 

去年から今年にかけての冬の間に、今まで無かった体調の変化を経験しました。寝ている間に、暑かったり寒かったり、まるで体温調節が自動から手動に切り替わったような状態でした。

 

そして最近の疲れの蓄積と立ち直りの遅さです。高齢化の当然の結果だ、と思えば、全ては納得なのですが、どうもスッキリしません。これから様々な体の変調が起こってくるのでしょう。年を取るということは、そういうことなのです。付き合っていくしかないのでしょう。8月には65歳になってしまいます。

 

 

一段落

■20180522(火曜日:晴れ)

 

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いつも準備体操をする場所にある紫陽花です。色づいてきました。

 

■今朝は走りました。先週の疲れも、ようやくピークを過ぎたようです。とにかく疲れていたようです。学校検診もあり、先週は暇な日がありませんでした。外来は大混雑。それに会合も重なり、疲れないはずがありません。

 

先週の土曜日は、予約してあった歯科受診を忘れてしまいました。仕事が終わったら、ぐったりしてしまい、みんな記憶を中からすっ飛んでしまいました。日曜日の夜に思い出して、昨日電話をしてお詫びと再予約をしました。

 

先週中にしなければならなかった3歳児健診の読影も、毎日しなければと思いながら、仕事が終わると、全部記憶から飛んでいました。色々なことが一度に押し寄せてくる感じです。一つ一つこなすしかないのですが、同時に並行処理しなければいけないことが増えすぎて、取りこぼしが出てきています。

 

仕事を引退した同期生のことを思うと、何だか今が一番忙しいように思える自分が奇妙です。まぁ、とにかく毎日できることを着実にこなしていくしかありません。

 

ということで、今朝は 6.20km を走り、70.40km を積み重ね、残り9日で 29.59km を残しています。先週の木曜日以来ですので、5日ぶり、ということになります。さすがに休養十分ということでしょうか、キロ6分14秒で駆け抜けました。自分では、決して早いペースとも思わなかったのですが、こんなペースは久しぶりです。

 

■さて今日は午前中休診にして、最後の学校検診に向かいます。これで一段落です。