エリートの病理

20150731(金曜日:晴れ)

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■昨夜はロータリークラブの納涼会。仲間のみなさんと楽しい一時を過ごしました。途中カラオケ大会もあり、私はクラブ管理運営委員会の委員長として、トップバッターに指名されましたので、致し方ありません、歌いました。尾崎紀世彦さんの、「また逢う日まで」。何とまぁ、古い歌でしょうか。仲間の中には、あの歌がヒットした頃には、まだ生まれていなかった、という人までいたほどです。

 確かあれは、昭和47年でしたでしょうか。歌が大ヒットしたのは。とにかくテレビのスイッチを入れると、どの番組でも、あのモミアゲの尾崎さんが、「また逢う日まで」を歌っていたものです。

 晩年はあまりコンサートもせず、テレビにも出演されませんでしたが、たまに出演して歌うと、さすが、とそのうまさに唸ったものです。特にハワイ語で歌った、「ハワイアンウェディングソング」は絶品でした。

■昨夜は、この夏最高に寝苦しい夜でした。蒸し暑い上に、風がソヨとも吹きませんでした。それでも今朝も走りました。もう月 100 キロの目標は達成していたのですが、少しでも記録を上積みできれば、という思いと、単純に走った後のスイカが食べたい、という思いでした。

■今朝の東京新聞には、とんでも発言を連発している安倍晋三首相側近の磯崎陽輔首相補佐官の記事が掲載されています。東大を出て旧自治省に入り、参議院議員の二期目というエリート中のエリートが、なんでこんな発言を繰り返すのか理解に苦しむのですが、そんな補佐官をかばい続けるところが安倍政権らしいところのようです。

 「本音のコラム」には、佐藤 優氏が、法的安定性と題して、磯崎氏の事に触れられています。官僚としても優秀で、立派な仕事をしてきた彼が、乱暴な発言を繰り返すところに、現下政治エリートの病理が端的に現れている、と書かれています。

 立派な大人が子どもに帰ってしまった、幼児化してしまったとでも言うのでしょうか。国の進路という国民の生活の根幹を揺るがしかねない問題を、こうした人々が好きたい放題しているところに、とても恐ろしさを感じるのは、私だけでしょうか。

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体脂肪率

20150730(木曜日:晴れ)

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■上記の写真は、竹富島港に着こうとしている船の様子です。石垣島からの便です。結構頻繁に発着しています。台風も沖縄本島には、暴風雨をもたらしましたが、ここ竹富島には影響がありませんでした。それだけ離れている、ということです。沖縄と一括りにしても、ずいぶんと広いのですね。

■今朝は走らずに休みました。目標の 100 キロを昨日達成した事で、いささか気が抜けたこともありますし、まぁ、無理をしないで休むことも必要です。7月は、まだ明日が残っています。一日休むと翌日はずいぶんと楽に走ることができますから。

 さて昨日は計測を始めて体脂肪率が最低になりました。11.4% でした。ちなみに今朝計測してみると、走らなかったためでしょう。12.8% にまで上がっていました。この辺りは容易に上下動するようです。明日また計測してみるのが楽しみです。

■今朝の東京新聞には、「中国脅威論で法案必要訴え」と題した記事が掲載されています。安倍首相が「ホルムズ封鎖」の根拠が薄れ、代わりに持ち出したのが、お隣の国の脅威です。

 田中 宇さんも指摘しているように、中国は大国となれば、当然の事ながら影響範囲を広げ、陰然と支配しようと試みるはずです。いわゆる第二列島線と言われるラインでしょうか。しかしそれは武力で線引きしましょう、という話にはならないはずです。

 中国とは、様々な面でこれからタフな交渉をしていかなくてはなりません。当たり前のことです。それは国際政治におけるせめぎあいです。それこそが外交でしょう。

 ところが全く歴史を考慮すること無く、一番安易な隣国の脅威を持ち出すことで、自分の都合の良い様に世論を誘導しようとする。下の下でしょう。ユダヤ人の脅威を説くことで権力を獲得していったヒトラー並み、と言ったら言い過ぎでしょうか。

 もっとも現政権のナンバー2は、ヒトラーのように政権を維持するのがお好きなようですから、まんざら当たらずとも遠からずかも知れません。

 落ちるところまで落ちた、というのが私の感想です。ここまで自民党が堕落したことに大きな驚きとともに失望を禁じえません。本来の保守党とは、知恵と勇気を持って、国民の幸せを守るはずのものだからです。

 国民のレベルが、その程度になってしまった、ということなのでしょうか。となると、日本の未来は、本当に暗いと言わざるを得ません。

月間 100 キロ走 完遂

20150729(水曜日:曇)

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■昨夜はロータリクラブのテーブル会でした。2ヶ月ごとにテーブルの席が変わりますので、その度に皆さんで集まって懇親を深め、情報の交換を行います。昨日は田村会長が、体調を崩されて急遽欠席ということで、大変残念でしたが、杉山幹事も駆けつけて下さり、本当に楽しい一時でした。

■さて、そんな昨日の飲み会後の朝でしたが、今朝も走りました。これで今月は、目標の100 Km を越すことができました。長い道のりでした。こればかりは一夜漬けが効きません。つまりは30日までブラブラしていて、31日に朝から夜まで 100 キロを走る、ということはできない、ということです。

 従って、本当に積み重ねです。5キロ、10キロ、15キロと、気の遠くなるような積み重ねが目標への必須条件です。毎月月末ギリギリになって、ようやく達成できるのは致し方ありません。8月は暑さのためもあって、昨年も、一昨年も目標を達成できませんでした。

 走り始めた 2012 年の7月は、57 キロ。2013年の7月は、58 キロ。そして昨年の7 月は、105 キロと始めて 100 キロを超えました。しかし 8 月は暑さのためでしょうか、今まで一度も目標を達成できていません。今年超えることができれば、私に取っては大きな進歩です。

地球大進化

20150728(火曜日:曇)

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■昨夜は一転して、ぐっすりと眠ることができました。一昨日の寝苦しさを思うと、別の国で眠ったような気がします。ということで、今朝はスムーズに起き出すことができました。とは言っても、昨日8キロ超を走っていますので、いささか疲れが溜まっています。無理をせずに、とにかく完走することだけを考えて、5キロ超を走りました。これで今月は、94.91 Km を走ったことになります。何とか目標をクリアできそうです。

■さてリクエストの多かった番組を再放送している、NHKの番組があります。先日は、2004年に放送した、「地球大進化」という番組を再放送していました。その2004年に私は番組を観て、大変興味深かったので録画してあったのです。今回はデジタルハイビジョン版ということで画面も鮮やかさを増していました。

 ただ二度目ということを差し引いても、番組を観ての感想は、ちょっとガッカリした、というものでした。たぶんこの10年間で地球科学の進歩も大きなものがあったはずですので、いささか時代遅れ、という内容であることは間違いありません。2003年に発見されたばかりで、まだ名前が付いていない、という生物の化石が紹介されていましたが、2015年現在なら、当然違った説明がなされているはずです。

 考古学とは明日をも知れない学問だ、と言ったのは、確か亡くなられた考古学者の佐原真さんだったと思います。つまりは新しい発見が今日なされれば、昨日までの常識が一気に覆る可能性があるからです。科学とは、そうしたものです。そうした意味で、やはり10年の時間の経過は、こうした番組では大きな影響力があります。

 最新の研究成果を、コメントの形で入れても良かったかもしれません。

寝苦しさ

20150727(月曜日:晴れ)

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■土曜日は沼津の夏祭りに出かけました。駅前での黄瀬川太鼓の面々です。本当に賑やかな様子に、心がウキウキしました。最近は駅前も週末の夜でも、閑散としていることが増えました。

■さて昨夜は本当に寝苦しい夜でした。今年の夏で一番の寝苦しい夜でした。我が家は冷房はしませんので、自然の風頼みです。四方八方の窓を開けて、何とか風を取り込んで寝ようとするのですが、これが思うようになりません。何度も目が覚めましたが、それでも今朝は起き出して走りました。

 夜明けが遅くなりました。4時半に起き出すと、まだ仄暗さが残っているほどです。一ヶ月前とは明らかに変わってきました。昨日は一日大人しくしていたので、休養十分で足取りも思ったより軽かったのですが、蒸し暑さにめげました。何とかキロ 6 分 40 秒ほどで 8.5 キロを走りきりました。これで今月は、90キロとなり、残りは10キロとなりました。あと二回5キロを走れば目標達成です。

 昨年も一昨年も、夏の時期は目標を達成できませんでしたので、自分としては大きな進歩です。

驚(おどろ)き桃の木山椒(さんしょ)の木

20150726(日曜日:晴れ)

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■昨夜は沼津の花火大会。そして医師会の納涼会でもありました。医師会館の屋上で花火を楽しみましょうという、医師クラブの例年の催し物です。電車に乗って沼津駅まで行き、歩いて医師会館まで行きました。

 駅に着いて驚きました。あまりの人出の多さにです。駅前に、あれほどの人出を見たのは、思い出せないくらい昔のことです。去年も同様に歩いたのですが、これほど人出の多さを感じた記憶がありません。

 思わず、沼津にもこんなに人がいたんだ、というのが、正直な第一声でした。近隣の街からも人が集まってきたのでしょう。考えてみれば昔は、こんなことが週末になれば当たり前の常態だったのです。静岡県の東部に住む人々にとっては、街へ行く、ということは、すなわち沼津へ行く、ということだったのです。

 時代は変わりました。沼津の駅まで出かける必要性が無くなりました。主なお店は、郊外に揃っています。自動車があれば、わざわざ電車に乗って出かける必要性などありません。どこの地方都市も同様なのでしょう。

■さて医師会の納涼会では、思わぬハプニングに驚きました。開会の乾杯の音頭を、この私にお願いしたい、という司会の先生の要請があったのです。たまたま医師会長も、医師クラブ会長もご都合が悪くて欠席されたことはあったにしても、要は出席している顔ぶれの中で自分が一番の古株になっていた、というだけの話です。

 驚(おどろ)き桃の木山椒(さんしょ)の木、とはこのことです。つまりはたいそう驚いた、ということです。自分がそんな歳になっていたとは、思いもよりませんでした。そして何だか急に自分が、あの場にいることが場違いな気がしてきたから不思議です。

■さて夜は鶴ちゃん夫婦と恒例のご苦労さん会です。今日はあまりに暑さに、一日家で横になっていました。出かける気はしませんでした。運動などすれば熱中症間違いなしです。日陰で読書するのが最適です。

 というわけで、今日はデジタル化した「オンリー・イエスタデイ」という本を読みました。

 「オンリー・イエスタデイ―1920年代・アメリカ (ちくま文庫) 文庫– 1993/3 F.L. アレン  (著), Frederick Lewis Allen (原著), 藤久 ミネ (翻訳) 」というアメリカの1920年代を扱った本です。以前から読みたかったのですが、今回裁断してデジタル化し、キンドル用に校正して読み進めました。

 一時代を通して大衆が、どのように動いたか、という点から、よく書かれている本のようです。最後まで何とか読み通そうと思っています。

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いつもの四人で仲良く楽しく時を過ごしました。

南の島の子育て

20150725(土曜日:曇)

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■上記の写真は竹富島から見た八重山諸島です。竹富島の人口は、2014年の時点で 365 名といいますから、全員が顔見知り、のようなものです。一方石垣島は、ネットによると以下のごとく、人口が増えているようです。

2月下旬だというのに、東京の初夏を思わせる陽気だった。沖縄県石垣市。離島観光で知られる人口4万8938人(2015年1月時点)のこの町は、少子化に悩む日本では数少ない、子供が多く生まれる町の1つだ。女性が一生涯に産む子供の数を推計する合計特殊出生率は2.2と、全国1742市区町村の中で8位。都会への人口流出が激しい他の「出生率上位」の離島と異なり、人口も増加基調にある。

さぞかし行政の子育て支援が手厚いのだろう。そんな期待を膨らませて、石垣島を訪れた。しかし、児童家庭課の運動徹課長は「決してそんな事はなく、国のレベルに追いつこうと努力をしているところだ」と話す。例えば、子どもたちが下校後に過ごせる児童館はまだ島に1つしかない。待機児童も60人(2014年4月時点)いる。中山義隆市長の下で改善のさなかというが、現時点では、お世辞にも潤沢な行政支援とは言えない。

そんな状況にも関わらず、なぜ、石垣市の出生率は人口維持に必要な2.1を上回るのか。共働きが多く、核家族化も進むなかで、なぜ3人の子供を産めるのか。一体、東京とは何が違うのか。核家族世帯で働く母たちへの取材を通じて探った。

石垣島の働く母はなぜ3人産めるのか 現地取材で見えた3つの理由

 上記の記事に詳しい内容があります。日本の社会は、まだまだ会社中心で家族中心の欧米社会に比べて、子育てには負担が大きいようです。

 子どもの顔を見ると、それだけで心が和みます。実に不思議ですが、それが人の心というものです。