母との分かれ

20151231(木曜日:曇時々晴れ)

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■午前0時20分頃、電話がありました。母が入所している特別養護老人保健施設から、母の呼吸が止まっている、との内容でした。昨日訪れた時には、脈もしっかりしていて、まさかこんなに早く死が訪れようとは、夢にも思っていませんでした。

急いで身支度をして二人で真夜中に車を飛ばしました。施設に着いてみると、母は穏やかな顔で亡くなっていました。大正15年生まれ 89 歳の人生でした。京都に生まれ、祖父が事業を成功させたおかげで、若いころは羽振りの良い生活を満喫したようですが、祖父の事業が傾いてからは、そうはいかなくなったようです。

母方の祖父の事業を手伝っていた父は、結局自らの力で家族を養わなければならない立場に追い込まれました。そして三人の子ども達を母と協力して、しっかりと育てたのです。

性格の違いもあって、おしどり夫婦というわけには行かなかった面もありましたが、楽しい家庭でした。子ども達を押さえつける、という事は、少なくとも私は経験したことがありませんでした。のびのびと育ててもらいました。感謝するばかりです。

結局自分がいま子ども達に対して接しているのは、父が自分に対して接してくれたようになぞっているだけのような気がします。親は子ども達を見守って応援するしか無い、ということです。

今頃は天国で父と再会して、また漫才をやっているかもしれません。そうあって欲しいと願っています。

 

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年の残り

20151230(水曜日:晴れ)

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■いよいよ、あと一日で平成27年も終わろうとしています。今朝も走りました。いつもの通り、5時に目覚ましを鳴らして起きだしました。走り始めたのは、準備運動のあとですから、5時半頃です。

いつものコースを、いつもの様にLED製のペンライトを持って走りました。今朝は、5.25 Km を キロ6.32 分で走り終わりました。自分の感覚では、キロ 6 分 30 秒程度かな、と感じて今いたので、当たらずといえども遠からず、というところでした。

これで今月は、15回走って合計 122 Km を走ることができました。13日のフルマラソンが大きく貢献しました。

帰ってきてシャワーを浴びて、朝食を取りました。シャワーは当然最初からお湯が出てくるわけではありません。でも、その氷のような水を大腿部に当てるのです。30分以上走っていると、それだけで結構発熱しているのですね。寒いなどとは感じません。

血管がギュッと収縮する感じが分かるほどです。その後に熱いお湯を当てると、今度は血管が拡張するような気がします。これで血流が良くなり、乳酸などの老廃物がより早く代謝されて、疲れが残らないはず、なのですが。

左腰の違和感が、まだ完治しないので気になっているのですが、走っている時は、それほど気にはなならなくなりました。もう少しでしょうか。

■さて今朝の東京新聞には、社説「もう一つのノーベル賞」が掲載されていました。今年の5月に国際電気通信連合が6人に送った150周年賞の事です。

 受賞者の1人が坂村健東大教授でした。受賞理由は「I to Tの起源となったトロンを提唱」でした。ドラえもんのどこでもインターネットを早くから提唱し、その基盤ソフトを発明した、という点が評価されたのでしょう。記事の中では、そのソフトをオープンにした、つまりは誰でもが自由に使えることを認めた、という点が高く評価されているようです。

さて私は、この6名の中にリナックスを開発し、同様にオープン化し、いまや世界の携帯電話を支えるまでに成長させたリーナス・トーバルズさんが入っていたかどうかが気になります。その貢献度を考えれば、入って当然だからです。

6名の中には、マイクロソフト社のビル・ゲイツさんも含まれていたのですが、オープンという点では、いささか首を傾げたくなります。

20151229(火曜日:晴れ)

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■今朝は走りました。昨日はランニング・ウォッチをスタートさせるのを忘れていたために、走ったあとに記録が残っていないのに気付きました。走り出すのが朝の5時半頃ですから、今の時期ですと、まだ真っ暗なのです。スタートボタンを押したつもりが空振りしていた、というわけです。今朝はしっかりとスタートを確認してから走り出しました。

今朝の写真は、田子の浦みなと公園から見た富士山です。今年は例年になく雪が少なく、美しさもイマイチなのですが、それでもさすがは富士山です。

■今週から丸谷才一さんの本を読み始めました。「よこしぐれ」と「年の残り」です。まだ読み始めたばかりですが、これからが楽しみです。

■今日は大掃除の日。窓拭きと便所掃除が私の担当です。暖かな風の無い絶好のお掃除日和。頑張りました。

人生の始末

20151228(月曜日:晴れ)

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■今朝は走りました。昨夜は鶴ちゃん夫婦と一緒に、今年最後の夕食会でしたが、チズちゃんの介護体験を聞いたりして、とても有意義な一時でした。他人事ではないのです。自分の親のことでもあり、いずれは自分のことでもあるのです。

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介護談義に花が咲きました

さて今朝の写真は、昨日に続いて田子の浦港から見た富士山です。実験として吉原駅から歩いて三分のところにある田子の浦港から田子の浦漁港まで渡し船を無料で運営し、どれほどのお客さんが漁港で、美味しいシラス丼を食べてもらえるか、という企画でした。昨日が最終日。二人で行ってきました。

進路

29151227(日曜日:晴れ)

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■今朝は冷えました。それでも、床の中でゆっくりと休むことができたのは、本当に幸いです。昨日は午後いっぱい充分休養を取りましたので、元気が少し戻りました。

フルマラソンを走った後は、とりあえず一週間は何もしないで寝ていること。これが今年学んだ最重要点でした。

さて今日は午前中に二人で、田子の浦港から渡し船に乗って田子の浦漁港まで行きました。田子の浦港には駐車場がないので、田子の浦漁港まで行って車を止めて、まずは「ふじのくに 田子の浦みなと公園」からの富士山の景色を楽しみました。

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公園の展望台から見た富士山です

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漁港でシラス丼を食べました

■さて今朝の東京新聞の読書欄に、私の三冊、と題してそれぞれの分野の識者が今年の三冊を選んでいました。その中に、明治維新という過ち、が選ばれていました。昨日書きましたように、アマゾンではベストセラーの一位を占めているほどですから、読んでいる人は決して少なくないはずです。

この本を読むことは、これまでの日本の歴史を再考するだけでなく、これからの進路を熟考するにあたって、とても参考になる、と思っています。書評にも書かれてあるとおり、司馬遼太郎さんの明治維新に対する、あまりにも長閑で肯定的な歴史観を、いま問いなおす時が来ている、ということです。

それにしても戊辰先生における会津の受けた屈辱は、想像以上でした。長州軍の残虐ぶり、非人間的な行為の数々は、全く知りませんでした。十字軍における兵士たちの行動を思い起こさせます。彼らは、懺悔するために人殺しをした、と言われるほどの残虐ぶりだったようです。

こうした行為が、長州藩に特異的なものなのか、あるいは中国大陸での先の戦争での日本兵の残虐ぶりを考えると、人間というのは、本当に恐ろしい存在だと、つくづくおもうのです。決して戦争をしてはならない、という意味は、こうした歴史を学ぶと、心底痛感するのです。

 

配慮

20151226(土曜日:晴れ)

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■今朝は鶴ちゃんとのウォーキング日。先週はあまりの寒さに風邪をひいたかとパニックになったほどでしたが、今朝はずっと暖かな朝でした。

社会福祉協議会に勤めている鶴ちゃんの話だと、デイサービスなどは年中無休のサービスを提供しているにもかかわらず、保険上の点数の上乗せは現在のところ無いそうです。これでは現場で働く人は可哀想です。配慮が必要です。

■さて相変わらず、いまいち体がすっきりしないのですが、あとは単純に時間が解決してくれるでしょう。

■お昼のテレビのニュースでは、年末の出国ラッシュが始まったようです。連休が取りにくいカレンダーの影響とか、テロ事件などの影響で、どちらかと言うと、あまり遠くない場所への旅行が多いようです。

こうした明るいニュースの方で、今年は貧困の問題が大きくクローズアップされました。

 

明治維新の見直し

20151225(金曜日:曇)

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■今朝は走りました。13日にフルマラソンを走って、もう2週間が経とうとしていますが、未だに走っていて体が重いのです。要は疲労が完全に取り切れていないのでしょう。それだけ体への負担が大きかったようです。

今朝は、5.27 Km を走って、これで合計 106.24 Km を積み重ねたことになります。腰痛はだいぶ軽減しましたが、左足首の違和感は未だに取れません。日常生活には不便はないのですが、あとは安静と時間が必要なのでしょう。分かっていても走らずにいられないのが困ったものです。

■今朝の東京新聞の読者欄に、明治維新を見直すべきだという投稿が掲載されていました。これには大変驚きました。

司馬遼太郎さんの作品を中心にして、これまでどちらかと言うと夢一杯の青春物語に近い描き方をされてきた明治維新に対して、このような意見が述べられることは皆無に近かかったからです。

私は大変に意味があることだと思います。アマゾンのホームページを見ると、明治維新という過ち、という本がベストセラーのナンバーワンになっています。

投書欄の執筆者も、この本について言及しています。歴史は勝者が描くものですから、明治維新以降の日本の歴史は、薩長にとって都合良く書かれている事は間違いありません。

この本を読んで大変驚いたのは、もし薩長が政権を取らずに、合議体のような政権ができていたとしたら、その後の日本は現在の北欧やスイスのような国になった可能性があるというのです。

もちろん歴史に「 if 」はありませんが、違憲の疑いが濃い安全保障法案を作り、対外的に乗り出そうとする今の日本の政治状況を考えると、この問いかけは決して荒唐無稽なものではないと私には思われるのです。