三時間走

20171228(木曜日:晴れ)

s_20171228

サホロスキー場でレッスンを受けるオーストラリアの子どもたち。

■昨夜は22時半に床についてから今朝まで、一度も目が覚めませんでした。疲れていたのでしょう。三日連続して朝走りました。今朝は思い切って休んで、木曜日ですので診療が終わってから、LSD (Long Slow Distance ) を挙行して、何とか20キロを走り目標の 100km に近づかないといけません。

本来なら今日が仕事納めなのですが、来年の年始にAyaのところへ行く予定があり、仕事始めが遅くなることを考えて、明日まで仕事としました。本当にいよいよ年が改まるまでになりました。

Takuも昨日引っ越しが無事に済んだようです。新居です。本当に来年からは新しい生活が始まります。そして新しい人生の開始です。

■今日までのランニング・ウォッチの記録を見直すと、今月走った9回のうち、最も早いペースで走ったのが、なんと12月3日のお伊勢マラソンの 21.2km だと記録されているのです。キロ6分06秒です。本当に不思議です。あれだけ苦しみながら走ったにも関わらず、結果としては最も早いペースで走り終えていたのです。

自分にそれだけの力がある、ということですが、大会だということ、周囲の応援もある、ということなど、普段一人で黙々と走っている状況とは違う力が働いたお陰でしょう。もう少しでハーフ2時間の壁を超えられそうなのですが、その壁が高いのです。来年の課題です。

■さて今日はシネマトグラフの日だそうです。フランスのリュミエール兄弟が1895年に発明した世界初の撮影映写機の名前です。その後、映画そのものをシネマというようになりました。兄弟が監督した世界初の商業映画は、「工場の出口」。NHK映像の世紀で一部が放映されていました。いまから見ると、なんとも散文的で肩透かしのようなのです。日常を描いているのですが、当時はそれが大衆の興味を引いたに違いありません。

■今日は午前中で診療も終わり。いつもでしたらロータリークラブの例会があるのですが、今日は年末ですので休会です。ということで、午後から思い切ってLSD、しかも調子を見ながら初めての挑戦である3時間走に挑戦しました。高野コーチが繰り返し言うのは、ゆっくりで良いから長い時間、2時間、できたら3時間走を繰り返すと、体や脳もその時間走ることに慣れるので、実際にフルマラソンを走っても苦しいだけではなくなる、とのこと。

確かに、そうなのだろうな、とは思いながらも、2時間走までが今までの限界で、それ以上は試したことがありませんでした。昨夜は眠剤を飲んで早めに休み、今朝は走らずに午後からの挑戦に備えました。天候は絶好でした。昨日までのひどい風も止み、暖かな日差しが降り注ぐ穏やかな天候です。

仕事が終わって干し柿とチョコレートをひとかけら食べました。12時40分から走り始め終わったのが16時7分でした。3時間20秒のLSDです。最後の一時間は右膝の痛みが出現して、どうなることかと思いましたが、走り方を工夫して右脚を少し前に放り出すようなイメージで走ったところ違和感が和らぎました。しかし最後は、前に進むのがやっとでした。それが今の実力です。24.467km を積み重ね今月の総計が、101.34km と辛くも目標を達成です。

何回も挑戦しないと駄目なのです。その積み重ねが力になるのです。今年最後に、また一つ壁を乗り越えました。

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