あきらめず人生幸せ

■20180513(日曜日:曇)

 

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富士山のように泰然自若と生きたいものです。

 

 

■昨日は大学同窓会の理事会があり、静岡へ出かけました。会場のホテルでは、昨日だけで五件の披露宴が行われたようです。さすがは県都です。今は結婚式や披露宴を割愛することも多いようです。仲人を立てたり、色々面倒なので省略することが多いのでしょう。

 

■今日は、これからロータリークラブの奉仕活動で、地元の千本浜の清掃活動を行います。地元の高校生と一緒に海岸のゴミを拾います。考えてみれば、昨年はクラブ会長として、5月14日に同様の活動を行いました。なんだか遠い過去のような気がします。

 

昨年は特別支援学校の生徒さんと高校生のみなさんと一緒でしたが、今年は支援学校の生徒さんの都合が付かないとのことで、高校生のみなさんとのみの活動です。若い皆さんと話していると、自分も活力をもらえる気がします。

 

そんな思いで読むと、先日の東京新聞の記事、「遅咲きの人 伊能忠敬的生き方」は大変参考になります。今年は伊能忠敬没後二百年。今では人生100年と言われる時代になりました。恐ろしくもあり素晴らしくもある時代です。もちろん綺麗事だけではすみません。仕事をしながら日々高齢者と向き合っていると、決して長生きが良いことばかりでないことは一目瞭然です。

 

しかし嘆いていても仕方ありません。命ある限り前に向かって歩き続けるしか無いからです。そんな時に上記の内容には勇気づけられます。特に漫談家 綾小路きみまろさんのお話は、ユーモアたっぷりの中にもキラリと光る内容が散りばめられています。本当に素晴らしいと感じました。その部分だけ引用させてもらいます。題して「あきらめず人生幸せ」。

 

高速道路のサービスエリアで自作のカセットテープを配り始めたのは、五十歳を迎える頃でした。昔なら人生五十年。終わりが見えてくる年代です 。

振り返れば今まで花を咲かせることもなく、テレビ・ラジオに出演することもなく、賞をもらったわけでもなく、人に感謝されることもなく、何か宙ぶらりんでやってきたな、と。司会を中心に仕事はありましたよ。お金に困っていたわけでもない。でも、もう一度、芸人の初心に戻ろうと思ったんです。

なぜ、ゼロから始めたか。芸能界の知り合いはいましたが、私は人に何か物を頼むというのがダメなタイプ。それにプライドが低いんですよ。鼻は高いけど。だからテープ配りも気にならなかった。

なせばなるですよ。動かないと足跡はつかないんだから。それに、お金は追いかけちゃ駄目。あれは後からついてくるものだから。追うと逃げちゃう。

同じころ、寄席への出演を目指しました。そしたら落語の師匠に弟子入りしないといけないという。あこがれていた鈴々舎馬風師匠に入門します。一番下っ端ですよ。でも全然気にならなかった。

そのころ既に、歯はない、毛はない、先はない、抜けないのは疲れだけという状態だったけど、変に純粋なところがあるんです。常にチャレンジャー、50になっても伸びしろがあるぞと。絶対おれの面白さを分かってくれる人がいると 。

当時は「大丈夫か」「売れなかったらどうするの」と言われましたよ。でも、楽しかった。潜伏期間の30年は果てしない草原を歩いているような感じで、山あり、谷ありじゃなくて谷ばっかりだったけど、その時は切り開いていこうという夢があったから。そして、売れた時に、空を見上げて言ったんです。「そら見たことか」

売れるのに必要なのは、縁と運と努力。売れている人は皆、努力しています。しかし、努力が必ず報われるかというと、そうではない。だって、努力は目に見えないから。自己申告なんですよ。

では、咲けなかった人生はむなしいのかというと、そうではない。幸せも自己申告なんです。幸せと不幸せは両隣。おれはもうだめとか、時代は終わったとか思わないで。あきらめないで生きましょうよ。

 

何度も何度も読むに値する内容だと思います。一人でも多くの人が、このお話を読んで、前に向かって歩き始めることができたら素晴らしい、と感じました。さっそく家族全員にメールで送信しました。

 

 

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清掃奉仕活動をした千本浜の様子です。画面奥が伊豆半島です。

 

 

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