水道法改正と「華氏119」

■20181213(木曜日:晴れ)

 

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2017年の伊勢神宮です。

 

■今朝は走りました。冷え込みが強いとの予想のもと、昨夜は掛け布団を一番厚めのものにしましたが、逆に暑さのために朝方に目が覚めてしまい、一段薄めの掛け布団に換えました。今週に入ってからは寒さのためもあってか、睡眠導入剤の服用などしなくても、15分ほど Kindle で読書をすれば速やかな睡眠が得られています。途中1度か2度、目が覚めますが、トイレに行って再び床に戻れば、すぐにまた眠りにつけますので、朝になって床を離れる時には十分な熟睡感が得られています。今朝は6.15キロを走り、これで今月の通算走行距離は51.74 km となりました。パソコンの画面が50 km 到達おめでとうございます、と告げています。 足裏の違和感も消えているわけではないのですが、なんとかだましだまし今朝も最後まで走ることができました。 落ち着いてくれることを願うばかりです。

 

■今朝の東京新聞「大波小波」欄は、とても示唆に富むものです。水道法改正案が可決しました。公共事業が民営化される流れに乗ったように見えるけれども、諸外国ではむしろ逆の流れになっているのです。1984年にパリ市で導入され、その結果、「水メジャー」と呼ばれる企業の下で、水料金は25年間で3.5倍に高騰しました。 現在では水道事業を再公営化する都市が多く、世界の趨勢に逆行する時代遅れな方式なのです。 同時に著者は、マイケル・ムーア監督のトランプ批判の記録映画「華氏119」について触れています。

 

トランプに支持されたミシガン州知事が水道事業を民営化した。その結果、水道会社のコスト削減策によって、飲料水に鉛が混入し、子供たちに深刻な知能や遺伝子的な障害が出た。その事実を当局は医師や下級官吏に圧力をかけ、隠し続けた。

 

著者はこうも述べています。

 

公益の福祉には当然費用がかかる。ここに企業と同じ利益第一の原則を導入すれば、福祉という考えそのものが根本から傷つけられる恐れがある。今こそ立ち止まって再考すべき時だ。

 

私もその通りだと思うのです。

 

 

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足底筋膜炎

■20181212(水曜日:雨)

 

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2017年の伊勢神宮です。

 

■今朝は雨です。昨日の天気予報では、朝の6時までは雨の確率が高かったのですが、それ以降は雨が止むとの予報でした。ところが今朝になってみると今7時27分ですが、相変わらず雨が結構降っています。昨日の朝は2日続けてだったのですが走っておいて正解でした。最近の天気予報は大抵あたりますけれども、必ずしも100%というわけにはいきませんので、やはり余裕を見ておくことが大切です。

 

ところで、ここ一週間ほどでしょうか足の裏に違和感を覚えています。足底筋膜炎でしょうか。私の場合は右足の土踏まずの少し親指側に違和感を覚えています。12月2日にお伊勢さんマラソンを走ったのですが、その後特に痛みを覚えていたわけではありません。今週に入ってからでしょうか。記憶が、あまりはっきりしないのですが、普段生活しているぶんには、特に困ることはありません。昨日の朝走った時も痛みのために妨げられるということは、ありませんでした。 ちょっと心配ですので、少し調べてみました。痛みの部位は足の裏という点では共通しているのですが、土踏まずよりも、かかと側だったり親指側だったり、いろいろのようです。シューズの問題や準備運動の大切さなどいろいろ対策が書かれています。トレーニングとして足の指を足底側にぎゅっと曲げて親指を90°近くまで屈曲させる方法が良いという記載がありました。とりあえずいつでもどこでもできそうですのでしばらく続けてみようかと思っています。

 

最近はランナー膝と呼ばれる痛みに襲われることは無くなりました。走り始めた頃は長く走ると、この膝の痛みに襲われて、とても辛い思いをしました。それでも何とかゴールまでたどり着いていたのですから我ながら、よくやったものです。このランナー膝に襲われると走ることができません。膝に力が入らなくなるのです。昨年の立川マラソンを走った頃からでしょうか、ようやくこのランナー膝から解放されました。

 

2014年1月19日に参加した、東京マラソンのコースを走るランニングショップの走ろう会では、本当に苦しい思いをしました。都庁からスタートし当時のゴールであったお台場まで、東京マラソンのコースを参加者と一緒に走ったのですが、途中からランナー膝に襲われました。銀座通りを走っていて、ちょうど三越前の辺りからでしょうか、痛みが出現して、次第に皆さんから遅れ始めました。当日は冬晴れの快晴で風が強く、走っている間は日差しのおかげで暖かかったのですが、一旦歩き始めると、体感温度は一気に下がり、低体温症に陥ってしまいます。 お台場にたどり着き、もうすぐゴールという時点で、 お腹を壊してしまいトイレに駆け込むのに大変な思いをしました。マラソンというのは、どんなに遅い速度であっても、とにかく走り続けている分には支障はないのですが、何か問題が起きて走ることを止めてしまうと、様々な試練が襲いかかってくるのです。 実際に体験してみないと分からないことが、本当にたくさんあるものです。

 

 

 

 

中傷CM

■20181211(火曜日:曇)

 

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2017年の伊勢神宮おはらい横丁です。

 

■今朝は走りました。ただし寒さのためか、昨日も走った疲れのためか、起き出すのにとても苦労しました。つまりは布団の中で、ぐずぐずとなかなか床を離れることが出来なかったのです。とにかく冷えました。この冬一番の冷え込みではなかったでしょうか。夜中に一度起きて掛け布団を、もう一枚追加した程です。 通常よりは15分ほど起きだすのが遅くなりました。もういいか、とも思ったのですが、今日は天気が下り坂。明日の朝は雨の予報ですので、今朝は走っておかないと後が大変になります。ということで今朝も6.10 km を走り、総計45.59 km 残り20日で54.40 Km となりました。2018年そして平成最後の年の師走ですから、目標の100 km を、しっかりと走り切らなければいけません。

 

今朝の写真は昨年平成29年にTakuと一緒に、初めてお伊勢さんマラソンに参加した時の様子です。走り終わってから二人で伊勢神宮を参拝し、その日は伊勢志摩のホテルに宿泊したのです。もうあれから1年が経ちました。その間に、Takuは仕事を始め、そして7月には結婚式を挙げ、新しい家庭を持ったのです。平成最後の年、まさに大きな人生の転機でした。そして1年後の平成30年度お伊勢さんマラソンには、Takuと二人きりでなく、YukoさんとSunと四人で伊勢神宮にやってきました。1年の月日を実感しました。

 

■今朝の東京新聞「太郎の国際通信」は大変興味深い内容です。先日亡くなったジョージ・ブッシュ(父)氏が、レーガン政権の副大統領として大統領選挙に立候補した時の事を書かれています。木村太郎さんが1988年当時の、この大統領選挙を取材し始めた頃には、民主党のデュカキス候補が圧倒的にリードをしていたのですが、9月に再び米国で取材を再開した時には、ブッシュ候補が逆に大差でリードしていることに大変驚いたそうです。その支持率の逆転に大きく影響したのが、あるテレビ CM だったのです。この CM は米国の選挙で相手候補を中傷する「ネガティブ・キャンペーン」の中でも最も「えげつないもの」として知られるようになったそうです。

 

この CM では、まずブッシュ候補の顔写真が現れ「ブッシュは死刑を支持する」と言い、今度はデュカキス候補の写真と共に、「デュカキスは死刑に反対するだけでなく殺人犯に週末の仮出所を認めた」。すると、いかにも怖そうな黒人の顔が現れる。それはデュカキス候補がマサチューセッツ州知事時代に、同州最高裁が週末仮出所を認めた、殺人罪で終身刑になったある黒人男性(ウイリー・ホートン)であり、その仮出所中に男女を襲い、男性を刺し女性をレイプした、と訴えたのです。ここで画面がデュカキス候補の顔に戻り、こう訴えたのです。「デュカキスの犯罪対策は凶悪犯に週末の出所を認めることだ」。

 

同氏が30日に亡くなり全米が喪に服したが、木村さんはこのテレビ CM のことが思い出されて、同氏をたたえる米マスコミの報道がむなしく思えてならなかったそうです。そう思ったのは木村さんだけでなく、ある保守派の論客が、こう寄稿しました。

 

ブッシュ氏は(無能とされた)デイヴィッド・スーター最高裁判事の任命したり、不必要な(湾岸)戦争を始めたり、増税しないと言いながら増税しただけなのに、今や聖人のようにあがめられている。(中略)しかし、ブッシュの最高の瞬間はウイリー・ホートンの CM だったのだ。

 

この寄稿によってブッシュ大統領の影の部分に光を当てることは、今の米国政治の教訓とするためにも必要だと思う、と木村さんは書かれています。米国は懐の深い国なのです。

 

統合

■20181210(月曜日:曇)

 

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■寒い朝でした。昨夜は冷え込みが予想されたので、新たに掛け布団を一枚余計に用意しました。眠り始めは良かったのですが、とちゅうから今度は暑くなりすぎて外しました。それでも、さすがに朝方の冷え込みは厳しかったようです。床を抜け出すのが、なかなか億劫で時間ばかりが過ぎていきます。えいや、とばかりに、起き出しましたが、布団の中は、やはり心地よいものです。

 

ということで、今朝は 6.13km 走り、総計 39.48km 残り 21 日 60.51km となりました。今月は日曜日に出かけることが多くなりそうなので、LSDの機会が最後の最後になりそうです。何とか、それまでに積み上げておかないと、最後に継続していた月100キロ走が途切れかねません。油断大敵です。

 

■現在使用しているエプソンのランニング・ウォッチは、記録によれば2014年の11月から記録を取り始めました。合計4回28.35 km が最初の記録です。そして翌月の2014年12月には84.02 km を走っています。初めて月100 km を超えたのは2015年3月に記録した100.38 km です。2014年11月からですから四年余り使用していることになります。 私もいくつかの製品を使ったことがあります。例えば Garmin 社製のランニングウォッチを、この EPSON 社製のものの前に使用していました。それぞれ良い点、悪い点がありました。 Garmin 社製のランニングウォッチは、とても人気がありますし走った様子を示す地図が Google 社製の地図を使用しています。一方 EPSON 社製のランニングウォッチは Microsoft の地図を使用しています。エプソンは、いつものことながら Microsoft べったりなのです。二つの地図を比較してみると分かりますが、マイクロソフトの提供している地図は Google 社製のものに比べて、ちゃちなのです。それだけは、いただけないと思いました。

 

たださすがに EPSON 社製の製品は作りがしっかりしていますので四年以上経った今でも、きちんと使えることができます。こうした製品の多くのものは充電するために取り付けるアダプターの接触が悪くなって使用できなくなることが多いように思います。結局記録を取り出すことができなくなって使用できなくなるのです。こうして四年以上走った記録を EPSON 社のサイトに記録を残していますので、例えば他のメーカーの製品を新たに使い始めると記録の集計が途絶えてしまいます。 つまりは囲い込まれているという状態です。もちろん EPSON の製品を使い始める前の記録も表計算に残してありますので、厳密には記録が無くなってしまうというわけではありません。 しかしできることなら記録をそのまま続けるほうが楽には違いありません。

 

ただ最近はいわゆるスマートウォッチと呼ばれる製品がたくさん発売されています。私の左腕にも装着されているのですが、心拍数、睡眠の質を含めて、様々な情報を取り出して集計してくれます。これはランニングウォッチにはない機能なのです。最近のスマートウォッチの中には、ランニングウォッチ的な機能も持ち合わせている製品がありますので、私のようにランニングの記録を残したいという人も、スマートウォッチだけでランニングの記録も、健康状態のチェックも、両方できるようになってきています。これから、この二つの分野の製品は多分統合されていくのではないでしょうか。技術の進歩は 製品分野の消滅につながるのです。

 

 

大雪

■20181209(日曜日:曇)

 

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伊豆にらやまカントリークラブから見た駿河湾です。

 

■昨日は医師会の忘年会があり、楽しいひと時を過ごしました。しかし今朝はいつもの通りに5時に起きて準備をしました。沼津西ロータリークラブのコンペに参加するためです。伊豆にらやまカントリークラブで開催されます。今日は10名の参加で楽しみました。気温が低く、しかも曇り空とあっては、思ったよりも寒くて、みなさん準備不足だったようです。終わってからお風呂に入りましたが、かなり長い間湯船に浸からないと、体が温まりませんでした。

 

と思いきや、ネットによれば

 

今季一番の強い寒気が、日本列島に流れ込んでいる。
北日本では大雪が続いていて、10日の午前中まで、吹雪などに注意が必要となる。

9日朝から東北の日本海側は大雪に見舞われていて、青森県の酸ヶ湯では、車が埋まってしまうほどの雪が積もり、120cmと、今季最大の積雪量を観測した。

 

それにしても冷えます。午後4時41分現在、フローリングの部屋でこの原稿を書いていますが、暖房もなしだと底冷えしてこたつが恋しくなります。いよいよ本格的な冬がやって来たようです。

 

 

開幕宣言

■20181208(土曜日:曇)

 

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おはらい横丁にて。子どもたちの応援が、とても力になりました。ハイタッチしてもらっています。

 

■今朝は走りました。今月は日曜日にハーフマラソンを走りましたので、今のところ余裕があります。6.18km を積み重ね、残り23日で 66.64km とエプソンのサイトが教えてくれています。33.35km を走りましたので、このペースで行けば、120キロは走ることができる計算ですが、そうは行きません。でも今年最後の月ですし、どの程度積み重ねができるか試してみるのも悪くありません。

 

■東京新聞「この道」では現在 Jリーグ元チェアマンの川淵三郎さんの連載です。昨日の題名は「開幕」でした。1993年5月15日、国立競技場で Jリーグの開幕セレモニーが行われました。記事によれば当初、川口さんは開会宣言をするつもりはなかったそうです。格式ばったものが好きでなく、大学の入学式や卒業式にも出ていない、というのですから筋金入りです。それでも親しい記者からは歴史的なものだからやった方が良い、と言われて考えを変えたのです。広告代理店の博報堂があいさつまで考えていたようですが、さすがにそれは断って自分で原稿を作られました。それでも川口さんらしく、長いものにはしたくなかった、30秒で終わろう、後に特集などで流される時に、半分で切られてもいいように、とまで考えていたそうです。

 

スポーツを愛する多くのファンの皆さまに支えられまして、 Jリーグは今日ここに大きな夢の実現に向かってその第一歩を踏み出します。1993年5月15日、 Jリーグの開会を宣言します。 Jリーグチェアマン、川渕三郎

 

あえて「サッカー」という言葉を使わなかったのは、スポーツファン全体のための Jリーグという思いを伝えたかったからだそうです。 この簡潔明瞭な開会宣言は、いかにも川口さんの人柄を表しているのでしょう。映像に残るから宣言は原稿を見ながらやろうと考えていたそうですが、原稿は見ているようで、見ていなかったというのです。原稿には「夢の実現に向けて」とあるのに「夢の実現に向かって」と言ったことに、後になって気づいたそうです。後に映像を見て、読み終えた原稿を手に持ったままにしていたが、ポケットにしまうのが普通だとすれば、やはり緊張していたようだ、と書かれています。川口さんといえども歴史的な舞台で、やはり平常心ではいられなかったのでしょう。とても興味深い記事でした。

 

 

流儀

■20181207(金曜日:曇)

 

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お伊勢さんマラソン、5キロの部がスタートです。

 

■今朝はゆっくりと休みました。昨夜はロータリークラブのテーブル会。二ヶ月に一度、例会場のテーブル座席が変更されます。その度にテーブル会と称して飲み会を開催し、懇親を深めロータリー情報を交換します。これはとても良いことだと私は思います。ロータリークラブの例会は私たちのクラブでは12時半から1時半までの1時間しかありません。しかも食事を取りながらですし、1時間のスケジュールも、びっちり詰まっていますので多くの場合会員同士で言葉を交わすことは困難です。やはり知り合うには言葉を交わすことが第一です。そういう意味でお酒を酌み交わしながら四方山話からスタートするのは、より良い人間関係を築き、より良い活動をするためには、とても有効だと思います。

 

昨日のテーブル会ではクラブの会員増強を進めようということで、皆さんの意見が一致し決起集会の如き様相を呈しました。現在我がクラブの会員数は29名。もう少しで30名となりますか、あと1名がなかなか大変なのです。どのクラブも会員として相応しそうと思われる人には、当然声をかけていますので、いわば争奪戦の形になります。ある意味では早い者勝ちになりますので、一足遅かったということもよくあります。会員の皆さんは法人会を始め様々な会に所属されている方も多いので、そうした仲間の中から相応しいと思う方に声をかけてくれるわけです。私どものクラブは決して大クラブではないのですが、まとまりも良く、年齢層も長老から若い方までバランスのとれた、とても良いクラブだと私は思っています。

 

ただ一つだけ残念だったのは、新しく入られた会員の方がタバコを吸い始めたことです。 大勢の人が集まる席でタバコを吸うことは控えるべきマナーの一つです。受動喫煙によって年間15,000人が死亡しているという報告もあるほどです。長く会に所属している方は、そうした点を考慮してタバコを吸う場合には席を外してている方がほとんどなのですが、入ったばかりのその方には残念ながら、そうした配慮がありませんでした。他者に配慮するという意味で、社会人として、いや人間として基本的なマナーだと私は思いますが、未だに、こうしたことに気付かない方がいることに大変残念な思いでした。

 

■今朝の東京新聞朝刊「私の東京物語 第6話」では、「広尾の喫茶店」と題して喫茶店「COREDO」のことが書かれています。彼女の劇団の事務所は高円寺から広尾に引っ越し、そこで交差点にある、とあるビルの2階の喫茶店で台本を書くことが多くなった、というのです。それが喫茶店「COREDO」だったのです。高泉淳子さんによれば、

 

店内は静かにジャズが流れていて、ジャズプレイヤーの写真が壁に飾られていた。長くいてもお店の人は何も言わず、怪訝そうな様子を少しも感じられない。いい感じにほっていてくれる。台本の締め切りが迫っていて慌てて店を出た。天現寺の交差点に向かう一つ目の信号のところで、「すみません」と後ろから呼び止められて振り返ると、息を弾ませた声で「これ、お客様のペンですよね」と。なんと、それは、ちあきなおみ!

パートナーが亡くなってから、その店もなくなり、ちあきさんもどこにも姿を見せなくなった。彼女の流儀。 あの店の佇まい。彼女の歌声。彼女の人気のゆえんです。

 

いま、ちあきさんは、どうしているのでしょうか。

 

■画面に、今日から WordPress 5.0 が利用可能になったので更新してください、という案内が掲示されています。さて、どう変わったのでしょうか。楽しみです。