初打ち

■20190103(木曜日:晴れ)

 

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昨日見た愛鷹山の虹です。今年は良いことがありそうです。

 

■今日は同級生でもありゴル友でもある長倉さんと今年初めての初打ちとなりました。昨日は3時過ぎからあられが降る天候でしたが、今日は風もほとんど無く日差しもあって最高のゴルフ日和でした。梶河ご夫妻と四人で楽しくプレイをすることができました。 箱根駅伝の復路が戦われていましたが、長倉さんのご都合は今日しか空いていなかったので思い切って出かけました。

 

フォームの改造が、まだ十分なレベルに達しておらず、安定しないプレイでしたが、それでもここ数回そうであったように、めちゃくちゃにぶれるということはなくなりました。 先日坂口さんと一緒に回って教えてもらった要点を、今日は忘れることなく反復したのが良かったのだと思います。17番ホールの第3打7番ウッドが今日一番の当たりでした。上りの長い距離のミドルホールでしたが、見事にワンピンほどの距離にオンしてパーのチャンスだったのですが、残念ながらパーパットを外してしまいました。 前足上がりのホールで何度かミスショットを続けてしまったのが、今日の一番の課題となりました。もう一度レッスンを再読して、頭の中に叩き込んでおかないといけないようです。とにもかくにも、暖かくほとんど無風という最高の天候でプレイできたのは幸先の良い出だしでした。今年は良い事がありそうです。

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理念

■20181224(月曜日:晴れ、時々雨)

 

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サホロリゾートのスキー場です。

 

■今日は昨日の天皇誕生日の振替休日でした。ゴル友の坂口さんから誘っていただき、昨日に引き続いて新沼津カントリークラブで二人きりでプレイしました。私を新沼津カントリークラブに誘ってくれたのも坂口さんでした。私が学校医として、そして坂口さんが校長先生として勤務されていた頃に知り合いました。どういうわけかウマが合い、坂口さんもまだ入って間もない頃の新沼津カントリークラブに入りませんかと誘ってくれたのです。

 

一足早く坂口さんは B クラスから A クラスに進級し、私も半年ほどでしょうか遅れて A クラスに昇級しました。私の入会したての頃のハンディキャップは24でしたから、15から参加できる A クラスに昇級するのは結構大変でした。でも若かったのです。一生懸命に取り組み練習もして、進歩も今よりもずっと早く、 15のハンディに到達しました。しかし寄る年波には勝てず、今年から B クラスに転落してしまいました。相変わらずAクラスで活躍している坂口さんは、もう手の届かないところに行ってしまったようで、とても残念でした。

 

今日は一緒にプレイしながら、色々教えてもらいました。言われていることが一つ一つ的確で、なるほどと納得することばかりでした。さすがは元校長先生です。 教えることが、とてもお上手でした。 基本的なアドレスから、難しいアプローチの打ち方まで、本当に勉強になりました。早く次の月例に参加したくなりました。

 

■東京新聞「この道 川淵三郎」第63話、「Jの理念」は、とても考えさせられる内容でした。川淵さんが古河電工に入社して間もない頃に聞いた話です。富士通の岡田完次郎社長の逸話です。会議でかなりの利益を上げたというグループ会社社長の報告に対して、岡田社長は、こう語ったそうです。「儲けた、儲けたと言っているけど、それは世の中のためになったのか?」この話は、 Jリーグを立ち上げ、その理念を定める際の下敷きになったそうです。

 

「何のために Jリーグをやっているのか」突き詰めればこれが理念だ、というのです。 3項目ある Jリーグの理念のうちの二つ目に掲げてあるのが、「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」 。川淵さんはこう書かれています。「理念では儲からない」という議論が出るに及んでは不愉快さが募った。「儲けるために Jリーグをやってるんじゃない」。

 

もちろん経営的に成り立たなければ継続することはできません。それは一番大切な一丁目一番地であることに間違いはありません。しかしそれだけで終わってしまえば、それは単なる金儲けでしかありません。 川淵さんは理念と経営の二兎を追い求め、その両方を成功させた稀有な社会運動家と言っても良いかもしれません。

 

 

天皇誕生日

■20181223(日曜日:曇、時々雨)天皇誕生日

 

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サホロリゾートのスキー場。出発点です。

 

■今日は平成最後の天皇誕生日です。平成天皇は85歳になられました。激動の昭和が終わり、平成天皇が即位されて、30年が経過したのです。日本国民それぞれが、自分自身の平成史とも言うべき30年があったと思います。ここ沼津にクリニックを開いて来年で、ちょうど30年になろうとしています。 その30年の間に3人の子供達は、それぞれ一人前に成長していきました。2018年、平成30年に、それぞれの子供達が所帯を持ったのです。我が家にとっては、まさに激動の一年でした。

 

今朝の東京新聞一面には、感謝の会見16分、と題して天皇陛下のお言葉を掲載しています。

 

平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵

 

と、題されています。平成天皇の真の心からの言葉に違いありません。昭和20年戦争が終わった時には軍国少年だったと、平成天皇はご自分で述べられています。そうした経験があったからこそ、平成の世に平和な時代が来たらんことを、きっと誰よりも心から願っていたに違いありません。全身全霊を尽くして国民のために毎日を過ごされてきたのです。私たち日本国民は、こうした天皇陛下を身近に見ることのできる幸せを、つくづくと感じるのです。やはり日本人にとっては天皇陛下は、誠に特別な存在なのです。

 

歴史の一時期、国民と天皇との間に、今とは違った不幸な一時期があったことは否めません。 しかし平成の世になって、平成天皇のお力で、天皇制は見事に蘇り国民の間に、象徴天皇として深く根付いたと私は感じています。政党の中には、この事を認めない勢力がありますが、 どんなに立派なことを主張していても、残念ながら国民の多数の支持を得ることは難しいと私は思っています。

 

■さてそんな天皇誕生日の1日、今日はロータリークラブの大の仲良し、久松さんと植松さんの3人でプレイをしました。ゴル友の坂口さんから教えてもらった、桑田泉プロのレッスンを熱心に学び、少し積み上げた練習の成果が出るかもしれないと望んだのですが、残念ながら思ったほどの結果は今日は出ませんでした。でも以前とは全く違うスイングができたと自分では思っています。それがまだまだ、しっかりと根付いていないために結果がばらついただけだと自分では考えているのです。 今の道のりをまっすぐ進めば、きっと良い結果が待っていると自分では確信しています。

 

年齢による筋力の衰え柔軟性の衰え、そうした体の変化に合わせたスイングをしていかないと力は下降線をたどるばかりです。何事も前向きに少しずつ鍛錬を積むことで、自分自身成長できることを、とても楽しみにしています。生きている限りは成長しなければ面白くありません。アドラーの言う、優越性の追求です。

 

映画の中のゴルフ

■20181216(日曜日:曇)

 

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富士山もすっかり雪化粧を済ませました。

 

■今日は新沼津カントリークラブのBクラス月例。植松さんと一緒に参加しました。一緒にラウンドしてくれたのは、北畠さんと鈴木悠児さんでした。鈴木さんとは、ちょっとした因縁があるのです。

 

2012年に新沼津カントリークラブの会報原稿を頼まれました。「ゴルフ想うことども」という欄です。 先輩の友人が最初に頼まれたのですが、どうもあまり文章を書くのはお好きでないようで、私にお鉢を回してきました。大学の先輩の依頼ですから断る選択肢はありませんでした。それに以前から、この題名で文章を書いてみたいと思っていたのです。題名は「映画の中のゴルフ」です。

 

日本の映画の中でゴルフが主題となって描かれている場面を私は思い出せません。ましてやゴルファーが映画の主人公になっていることはないはずです。 日本ではスポーツのヒーローといえば、やはり野球選手でしょうか。 そもそもプロスポーツとしては長い間、日本では野球しかありませんでした。でもアメリカでは違います。ゴルフの選手が主人公になっていることが、ちょくちょくあるのです。 ゴルフが描かれた四つの映画を私は取り上げました。「地上より永遠に」、 「ボビー・ジョーンズ(救聖とよばれた男」、「グレイテスト・ゲーム」、「バガー・ヴァンスの伝説」です。

 

映画「地上より永遠に」の中で、主人公のモンゴメリークリフトが壮絶な死を遂げたのが、ソニーオープンでお馴染みのワイアラエ・ゴルフカントリーのバンカーの中だったのです。鈴木さんは若い頃仕事でハワイに出かけ、このゴルフ場でプレーをしたことがあったそうです。懐かしくその頃を思い出されて、私にわざわざ葉書を下さいました。全く存じ上げなかった方からの葉書に大変驚きましたけれども、読ませていただき、私も大変感激いたしました。それ以来のお付き合いです。良い意味での、古き良きジェントルマン・ゴルファーです。クラブの評議委員として、月例や理事長杯で役員をされていた時に、お話をさせていただいたことはありましたが、一緒にプレイをしたのは、たぶん初めてだと思います。年齢のために、今ではさすがに力強いというプレイではありませんが、美しいフォームから打ち出される打球は、人柄をそのままに現しているようです。このような方と一緒にゴルフをするのは本当に楽しく、また嬉しいものです。少しでも、このような方に自分も近づきたいものだと思うからです。

 

■先月友人の坂口さんから桑田泉プロのレッスンを見て勉強すると良い、というアドバイスを受けフォームを改造しました。まだ一か月も経っていないのですが、桑田プロの話されていることは、私にとってはとても、理にかなっているように思えたのです。そこで無謀とは思いながらも、思い切ってフォームを変えてみたのですが、当然最初はうまくいきません。同じホールで続けて三発も OB を出したりしました。それでも今日はようやくレッスンの要点が飲み込めてきたようです。 下半身の主導に従ってクラブを振り切る、という感じが少し分かってきました。どうしても上半身と下半身のバランスが悪いのです。バラバラなのです。 それでも今日のプレイを通して考えてみると、フェアウェイをとらえることが以前よりも多かったように思います。もちろんミスショットはたくさんありました。 OB も出しました。でもフォームを改造してからの、あの乱れ方から比べれば、格段の安定だと思います。少し楽しみになってきました。

 

 

 

大雪

■20181209(日曜日:曇)

 

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伊豆にらやまカントリークラブから見た駿河湾です。

 

■昨日は医師会の忘年会があり、楽しいひと時を過ごしました。しかし今朝はいつもの通りに5時に起きて準備をしました。沼津西ロータリークラブのコンペに参加するためです。伊豆にらやまカントリークラブで開催されます。今日は10名の参加で楽しみました。気温が低く、しかも曇り空とあっては、思ったよりも寒くて、みなさん準備不足だったようです。終わってからお風呂に入りましたが、かなり長い間湯船に浸からないと、体が温まりませんでした。

 

と思いきや、ネットによれば

 

今季一番の強い寒気が、日本列島に流れ込んでいる。
北日本では大雪が続いていて、10日の午前中まで、吹雪などに注意が必要となる。

9日朝から東北の日本海側は大雪に見舞われていて、青森県の酸ヶ湯では、車が埋まってしまうほどの雪が積もり、120cmと、今季最大の積雪量を観測した。

 

それにしても冷えます。午後4時41分現在、フローリングの部屋でこの原稿を書いていますが、暖房もなしだと底冷えしてこたつが恋しくなります。いよいよ本格的な冬がやって来たようです。

 

 

土手

■20181125(日曜日:晴れ)

 

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荒川沿いの土手です。ずっと先に、川口市立西中学校があります。映画「キューポラのある街」で吉永小百合さんが自転車を漕いだ場所です。

 

■今日は久しぶりに大村さんとゴルフをご一緒しました。ゴル友長倉師匠とのラウンドなのですが、大村さんも駆けつけてくれました。私より9歳年上の大村さんですが、そのエネルギーは私以上です。沼津市商工会会長も勇退され、会社の方は息子さんに任せたものの、まだまだ事業への意欲は衰えていないようです。すごいパワーです。

 

さて桑田泉プロの理論を聞きかじって新しいスイングに取り組んだものの、前回はOBを三連発してしまい、撃沈状態でしたが、今日も前半は似たようなものでした。とにかくどこへ飛んで行くかわからない、というが実態です。後半はなんとか、まともになった、というだけですが、気長に取り組むしかなさそうです。

 

■相撲九州場所では、貴景勝が優勝しました。三横綱が休場の中での快挙でした。貴乃花親方が廃業し部屋が無くなってしまった、この場所で歴史的快挙がです。

 

 

適応

■20181118(日曜日:晴れ)

 

20181118

 

■今日は新沼津カントリークラブのBクラスの月例です。今年の3月にAクラスからBクラスに陥落して、年を越そうとしています。24からスタートして、優勝、準優勝を重ねてAクラスに上がったものの、今の実力では復帰するのは至難の業になってしまいました。歳を重ねて体がいうことを効かなくなってきたのでしょう。桑田泉プロのレッスンを見ながら、自分なりに理に適ったフォームを作り上げようと思ったのですが、いかんせん練習不足です。

 

今日はインスタートでしたが、二番目のホール11番ホールで、なんと3発続けてOBを打ってしまいました。フォーム改造が裏目に出ました。それでも振り切る、ヘッドを回す、という桑田プロの指導は、とても納得のいく説明でしたので、諦めずに続けていると、次第にナイスショットも出てきましたし、飛距離も伸びたように思います。

 

しかしゴルフは足元が、毎回毎回異なる条件で打たなければなりません。つま先上がりだったり、逆につま先下がりだったりします。条件が全く異なります。それでもしっかりとボールを捉えなければいけませんが、フォームが固まらないのに条件が変わるのは大変です。とんでもないところに飛んで行くこともありました。まぁ、あとは練習あるのみです。