決断と実行

■20181206(木曜日:雨)

 

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大会長として活躍される野口みずきさん。当日私は、二回も野口さんとハイタッチさせてもらいました。

 

■今朝は夜半から雨でした。資源ごみの日でしたが、我が家が当番に当たっていて、Sunが6時から8時まで置き場の前で、整理をしなければなりません。いつもは私が、それぞれの資源ごみが入った3つの袋を持って、集積場まで置きに行くだけなのですが、今日はそうはいきません。雨の中での作業ですから大変です。ご苦労様です。

 

■東京新聞、「この道」欄はJリーグの川渕三郎さんです。今日の題名は、「開幕前夜」。

 

Jリーグの開幕にあたって僕には腹案があった。

開幕の日、1993年5月15日の土曜日は、当時人気と実力を兼ね備えていた2チーム、ヴェルディ川崎と横浜マリノスのカードだけを国立競技場で行い、 NHK で中継してもらう。他のカードは翌日曜にやる。そんな考えだった。おそらく猛反対されるだろうな、とも思っていた。

 

この原稿を読むと、川淵さんは人の心を掴む敏腕営業マンだなぁ、とつくづく感じますし、ありきたりの言葉ですが、用意周到、決断と実行、という言葉を思い出します。こうと決めたら譲らない。もちろん、そこへ行くまでには用意周到に準備をする。

 

どんな小さな組織における、どんな些細な決め事でも、上記の手順は基本中の基本に違いありません。1936年生まれですから、今年82歳。スーパー高齢者です。バスケットボールのJPBLの初代チェアマンも務めました。人をまとめ上げるというのは、本当に大変です。そこで大切なのは、私心をいかに捨て去るか、という点に違いありません。己の欲が前に出ては、他者はその足元を見てしまいます。

 

しかし私心を離れることが、どれほど難しいか。欲を離れることは、並大抵ではありません。

 

 

 

 

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出会い

■20181205(水曜日:曇)

 

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お伊勢さんマラソンに出場するために準備をするランナーたち。三重県営サンアリーナです。

 

■今朝は走りました。二日間休んでの再開です。5.9km を走り、これで今月は 27.2km となりました。残り27日で一日あたり 2.7km が必要だ、とパソコンの画面が告げています。昨日の雨で道路に水溜りがあり、いつものコースを迂回しました。少し疲れも残っていたのですが、やはり体を動かすのは気持ちのよいものです。

 

■今朝の東京新聞、「私の東京物語」は興味深いものでした。役者の高泉淳子(あつこ)さんが第4話を書かれています。題して、「ため息 、ぶら歩き 高田馬場」。浪人して早稲田大学に入っては見たものの、自分の場所を見つけられずに、焦燥感に近い苛立ちすら感じていた頃のことを書かれています。私自身にも、そんな時期がありました。そんな時に、高泉さんの人生を変える出会いがあったのです。まさに人生は人との出会いです。その三國連太郎さんは、沼津にも別荘を持たれて、よく来られていました。その家をミーハーよろしく、友達夫婦と一緒に私も見学に行ったことがありました。

 

ジャズか映画か芝居をしたいと早稲田大学に入ったけれど、なかなか自分の場所が見つからない。何を読んでも、何の映画を見ても高揚感がない。なんだかなぁ、ため息ついてぶらぶらしていると、郵便局の向かいにACTミニ・シアターという看板を発見。中に入ると客席に椅子はなく、靴を脱いでカーペットに座って見る。「灰とダイヤモンド」「自転車泥棒」、小津安二郎、成瀬巳喜男ーー、名画座ならではのラインナップ。 通うようになり、気がつくと会員に。会員の投票でその年の主演男優賞、主演女優賞を選ぶ。男優賞は三國連太郎、女優賞は左幸子。受賞記念に「にっぽん泥棒物語」「飢餓海峡」を上映した。終わって場内が明るくなると、なんと隣に三國連太郎が座っているではないか!円座を組んで一緒に酒を交わす。大きながたいを丸くしてあぐらをかいて、穏やかに映画の話をしてくれた。感激して眠れなかった。東京に来て、初めて感動した晩だった。「ぶらぶらなんかしていられない」。そう思った決意の晩だった。

 

何度も「飢餓海峡」を観ました。悲しい映画です。なぜ人を信頼できなかったのだろう、と悲しくなります。でも、それが人間なのでしょう。

 

 

沖縄独立論

■20181204(火曜日:雨)

 

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近畿鉄道伊勢市駅です。マラソン開催当日の朝です。

 

■今朝は暖かな朝でした。日曜日にハーフマラソを走ったばかりで、さすがに今朝も安静に休みました。今回のハーフマラソンでは、今までで一番しっかりと走れたような気がしました。つまりは自分の筋力で、お尻や太ももの筋肉でしっかりと足を上げ、前に出し、地面を蹴って走りきったという実感がありました。本当に辛かったのですか途中で歩くこともなく、最後まで走りきることができました。平均のペースはキロあたり6分17秒でしたが、私としては最高の出来です。普段でしたら、とてもこの速度で10 km を走ることはできません。大会であるとか、周囲のみなさんの応援のおかげなのです。一人で黙々と走るというのは、それはそれで楽しいこともあるのですが、結果としてみると、記録的には難しいものです。

 

走り終わって本当に達成感が沸き起こりました。長く苦しい時間から解放された喜びというのは本当に格別です。自分の力では、今回のランニングが精一杯でした。長い長い上り坂のコースでは、決して前を見ないように心がけました。心がめげてしまうからです。一歩先の地面を見つめて、そこへ足を運ぶことだけに集中しました。本当に自分は精神的に弱いなと、つくづく実感しました。でもそうした弱い自分と上手に付き合えば、超人的な成果は出なくても、それなりの結果が残せるのではないかと思ったりします。

 

マラソンを走った後の筋肉痛も、年寄り特有の時間差があるのですが、今回は思ったほどひどくはありません。以前は翌日、あるいは翌々日になると、階段を降りるのは時に辛くなることがありました。それが今回はあまりないのです。全くないわけでは、もちろんありません。階段を降りる際に少し引っかかるような感じはするのですが、いわゆる筋肉痛で辛いということはありません。毎月100 キロという目標を持って、短い距離ではありますが、着実に積み重ねてきた成果に違いありません。11月まで連続45ヶ月間毎月100 km を走りました。月100キロの走り込みではフルマラソンを走るには不十分だと、高野コーチにも指摘されているのですが、今の自分の力では、毎月200キロはとても達成できそうにありません。自分に残された時間が少ないので、これから頑張って月200 km 走れるようになる可能性はほとんど無さそうですが、まあ無理をしても仕方ありません。それぞれの力の中で、楽しみながら積み重ねていくしかありません。幸いTakuもYukoさんも付き合ってくれそうですので 、とっかかりは何でも良いのです。これからもSunを始め家族を巻き込んで、続けていこうと思っています。

 

■先日の東京新聞「私説 論説室から 沖縄独立論をあざけるな」という記事は大変興味深いものでした。 構造的差別の打破には「沖縄のことは沖縄で決める」との自己決定権の確立と行使しかない。そう考える県民が沖縄には増えていて、近年は「独立」も真剣に議論されている、というのです。 2013年に設立された県民有志の「琉球民族独立総合研究学会」によると、県民投票で支持を得て県議会の議決後に知事が独立を宣言、国連が認めれば独立は可能というのです。

 

中近世の500年近く、琉球王国は中国と朝貢関係にあったとはいえ侵略されたことは一度もない。逆に中国は職能集団を移住させたり琉球からの留学生を厚遇したりと関係を重視した。「利害対立要因がなく友好が保たれた」と比屋根照夫・琉球大名誉教授は語っています。

 

この500年近くの歴史が、とても大切だと私は思います。沖縄が言わば日本に併合されてからの時間とは比較にならないほどの長い時間、琉球は中国と有効な関係を築いていたのです。そして何より琉球は繁栄していたのです。難しい舵取りの中を自分たちのことは自分たちで決めて、平和と安定を維持していたのです。このことは、とても大切な点だと思います。今のままの状況が続けば、沖縄が日本に止まる意味が、ますます薄れてしまうことは必定です。本土に住む私達が真剣に考える時ではないでしょうか。

 

 

一夜明けて

■20181203(月曜日:曇)

 

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川口市立飯塚小学校です。ここに二宮金次郎像がありました。朝礼の時など、私達を見つめてくれたいました。

 

■昨夜は、よく眠れました。さすがに日曜日にハーフマラソンを全力で走った甲斐がありました。15 km 過ぎから伊勢道に入るのですがこの道路に入ってから登りがきつく延々と続く上り坂には正直へこたれました。途中から一人の女性が私の前を走り始め、ちょうどペースが自分に合っていたので、彼女のピンク色のランニングソックスだけを見つめて前方を見ないように心がけました。なぜなら前方を見てしまうと、はるか先まで続く上り坂で精神的に参ってしまうからです。とにかく前を走る女性の足元だけ、前に一歩を踏み出すんだ、という気持ちで走り続けました。最後の1キロのとこまで来ると右側にゴールのある三重県営サンアリーナが見えてくるのですが、そこまでは広々とした2車線の伊勢自動車道を走りながらもゴールが見えずに、とても苦しい道のりでした。

 

Takuも同じように苦しい思いをしたようです。昨年の参加と異なり今年は仕事が忙しく練習もできなかったようです。最初の1 km、そして5 km 走った時点で本当に完走できるのかどうか不安にすらなったと言っていました。それでも走り終わってみれば立派に完走。昨年より3分ほどゴールが遅れたようですが立派なものだと思います。

 

私自身は今まで何十回もハーフマラソン以上の大会に参加しましたが、初めて最後までしっかりと自分の筋力、つまりはお尻の筋肉、太ももの筋肉を使って最後まで足を前に出すことができたように思いました。今までは、それなりに一生懸命走っていたのですが、自分の筋力で最後まで、最後の一歩まで走りきったという実感はなかったように思います。従って昨日走り終わった時には、本当に達成感がありましたし疲れ切りました。

 

Sunが迎えに来てくれていて、ほっとしましたが、その後にちょっとしたハプニングもあって時間を取ってしまいました。ランナーの順路はきちんと作られていてゴールし終わった私もそれに従って行けば良かったのですが、途中でボランティアの方に写真を撮ってもらおうと思いながら探しているところでSUNに出くわしました。 その後二人で、すぐに県営アリーナに戻ってしまったのですが、それが間違いの元でした。順序に従っていれば途中で参加賞の立派なタオルや赤福引換券などのご褒美をもらえたのですが、直接県営アリーナの方へ行ってしまったために、大事な引換券をもらい損ねてしまったのです 。県営アリーナに戻り預けた手荷物を引き取り、出口の所にある赤福引換所でお土産をいただこうかと思ったところ、担当者が大声でランナーに案内している引換券を自分がもらっていないことに気づきました。担当者に聞いてみると、ここではなくて別の棟の体育館に、もう一度戻って、そこで引換券をもらってくださいと言われました。順路に従って歩いていれば無事に終わったのですが、こんなことも起こるのです。去年はスムーズに順路に従ったのでしょう、こんなことはありませんでした。

 

 

2018お伊勢さんマラソン

■20181202(日曜日 晴れ)

 

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川口市立飯塚小学校です。

 

■昨夜は、伊勢市駅で待ち合わせて、そのままホテルにチェックインしました。伊勢市駅JR側口から降りて2分ほどのところにあるコンフォートホテルです。荷物を置いて、その足ですぐに、3人で近くの居酒屋で一杯やりました。

21時少し前まで3時間近く3人で色々楽しく歓談しました。高崎での新しい生活を初めて3ヶ月がようやく経ったようです。Yukoさんも知らない土地で人間関係もない中で生活をするのはなかなか大変なことです。それでも明るい性格が幸いして皆さんの中に溶け込んでいる様子を知って一安心しました。

 

21時にはホテルに戻り、シャワーを浴びて22時過ぎには床に入りました。ところが、寝る段になって忘れ物をしたのに気づきました。こうした場合、いつも服用する睡眠導入薬を入れた箱を忘れてしまったのです。十分睡眠が取れるか不安だったのですが、スマートウォッチで睡眠の質を調べることで意外なほどにしっかりと睡眠をとっていることを確認していたので、以前ほどは不安を感じることなく寝ることができました。実際何度か夜中に目が覚めたのですが、その度にすぐにまた寝付けましたので、睡眠は十分取れたように朝感じました。

 

朝の6時に待ち合わせてホテルのレストランに向かいましたが、エレベーターを降りてみてビックリ。朝食を待つ人で長蛇の列だったのです。ほとんどがマラソンに参加する人のように見えました。昨年のホテルでは、このようなことはなかったように記憶していますが、このホテルは駅から近いので、それだけ、お客さんも多いようです。20分少し待って、ようやく席に着くことができました。

 

2018お伊勢さんマラソン

 

 

あの日

■20181201(土曜日:晴れ)

 

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川口市立飯塚小学校です。幼小児期というのは、ただただ楽しかった思い出しかありません。あの日に帰りたい、と誰もが思うのが、この時期です。

 

■いよいよ今日から師走です。ただ新しい月が始まったと言うだけなのですが、そうではありません。一年の総決算の月です。この一年間を振り返って、そして新しい年に向かって思いをはせる月ですから、とても大切です。

 

来年には元号が改まります。平成天皇が退位され、新しい元号になるのですが、陛下がお元気な間に、新しい元号になることは初めてですから、これもめでたい事に違いありません。崩御されての新しい元号でも、もちろん良いのかもしれませんが、こうした形を希望された今上天皇の強い意志は、本当に凄いと思います。

 

想像もできない長い歴史を持つ皇室の中にあって、自分の役割とは何なのか、本当に全身全霊を持って問い続けた30年だったのではないでしょうか。そして今、私達が感じている皇室への親近感は、天皇・皇后両陛下が30年かけて築き上げて来られた結果ではないか、と私は感じます。

 

昭和という激動の時代の後の平成にあって、昭和天皇の時代をともに生きた今上天皇は、ある意味試行錯誤しながら、自分自身の歴史的役割を問い続けたはずです。そうして出した結論が、国民とともに歩み、国民に寄り添うという皇室、という皇室のあり方ではないでしょうか。皇后陛下のお人柄も相まって、陛下のこの思いは、きっと一人ひとりの国民の心に深く刻まれたに違いありません。

 

来年の1月2日には、私も皇居へ参賀に行こうと思っています。

 

■16:19現在、名古屋駅から近鉄名古屋線特急賢島駅行きに乗車したところです。Takuが調べてくれた通りの旅程です。名古屋駅で少し手間取りました。切符売り場に行くまでに地下へ行く必要がありましたし、自動販売機でスイカが使用出来ないことに気付くのに、少し時間がかかりました。そういえば昨年もスイカが使えず困った事を思い出しました。もう西日本なのですね。

 

1610分発賢島駅行き特急6号車5Aに乗りました。伊勢市駅までは、1時間20分の旅です。西へ向かっているので、まだ薄暮の状態です。

 

今夜は伊勢市駅周辺で宿泊して、明日のお伊勢マラソンにチャレンジです。昨日まて左足親指の深爪が化膿して痛かったのですが、幸い膿が出て楽になりました。ラッキーです。

 

2018お伊勢さんマラソン

 

 

ランニングシューズ

■20181130(金曜日:晴れ)

 

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ハノイ旧市街での様子です。ベトナムの女性は、よく働きます。

 

■今日で11月も終わりです。いよいよ師走。何だか昨年も、同じように溜息をついていた気がします。昨年の年末は、来年になればTakuも就職し、結婚もするんだ、と何だか夢を見るような思いでいました。それが全て現実のものになったのですから、まさに時の流れは恐ろしいものです。

 

自分自身も、降って沸いたような職務が回ってきて、自分にこなせるものか不安でしたが、皆さんの支えで何とか今のところボロを出さずに済んでいます。同窓会にも出席しました。高校時代の、そして中学時代のものもありました。それは何より内館牧子さんの「すぐ死ぬんだから」が引き金でした。昨夜も寝る前に床の中で、再読し終えました。一度目と二度目では、心に残る部分が異なりました。

 

自分自身も今年で前期高齢者の仲間入りです。保険証が変わって、本当に高齢者の仲間入りしたのだ、とこれは確かに感慨深いものです。今のところ大した病気もせずに、多少物忘れが気になる程度で済んでいますが、これからどんな変化が体に起こってくるのか、じっと自分を見つめるしかなさそうです。

■今朝の東京新聞にはマラソンシューズについての記事が掲載されています。題して「厚底か薄底か」。

 

「次々新作 メーカー開発競争」
薄底シューズは、作りが繊細フィット感がいい。厚底シューズは、足置くだけ、前へ進む感覚。

 

本格的なマラソンシーズンの到来を前に、新たなマラソンシューズが発売されました。「薄底シューズ」です。スポーツ用品メーカー「ニューバランス」が発売しました。最近はナイキが発売している「厚底シューズ」が世界のマラソン界を席巻しています。薄底シューズはシューズ職人三浦仁司さんとメーカーが共同開発しました。三村さんは「信念、理念で作った。今までにない履き心地。多くの日本人に合うシューズ」と胸を張った、と書かれています。

厚底シューズ、薄底シューズ、それぞれ愛用者が感想を述べています。どちらの意見も正しいのでしょう。三村さんによれば、「日本人の10人のうち8人くらいは足首が柔らかい。だから新作の薄底シューズは多くの日本人ランナーに合うと思う」と自信をのぞかせています。

私のような初心者にとっては、どちらでもそれほど変わりのないような気もしますが、負担がより少ない、という点から考える、厚底の方が楽なのかなと私自身は想像しています。どちらにしても選択肢があるというのは素晴らしいことです。試してみようと思っています。